懸賞

私はときどき、懸賞に応募する。

かつお節の懸賞でテレフォンカード。

ウィンナーの懸賞で加工肉盛り合わせ。

トリスの懸賞でウィスキーとグラス。

など、ときどき当たっている。

何か得した気分になるのもあるが、よく考えてみると、応募したことを忘れた時期に配達される感じで、

嫁 「なんか届いてたよ」

(箱を開ける)

私 「あ!懸賞当たったんや!」

と、忘れていたことによって、喜びが倍になるのかもしれない。

先日は、酒屋さんでビールの箱買いをしたときに、何やらキャンペーンの案内が付いていた。

それだけで、ちょっとだけテンションが上がるのだが、内容を見ると、そのチェーン店の金券が当たるということだった。

どちらかというと、商品が当たる方が、なぜか楽しい感じがするのだが、金券もそりゃあったら助かるんで、応募することにした。

ビールのまとめ買いをしたので、ハガキ1枚で3口の応募ができるぞ…と応募の準備にとりかかる。

その様子を見て嫁は、

嫁 「ときどきそうやって懸賞に応募してるけど、なんか面白いわぁ」

と言う。

私からすると、何が面白いのか分からないが、旦那を面白いと思えるのは悪いことではないだろう。

レシートの端をセロハンテープで貼りつける。

レシートの購入品が記載されている部分がむき出しになっているので、雨に濡れて滲んでしまったり、擦れて薄くなったりしないかと心配になったので、荷造り用の大きめの透明テープでレシート全体にかぶせるようにも貼り付けた。

必要事項を書いて切手を貼り完成。

あとは、明日の朝、ポストに投函するだけだ。

・ ・ ・

さて、翌朝。

投函すべく手にとったハガキを見て愕然とする私。

レシートの文字が消えている…!!

おそらく、荷造り用の大きいテープの接着剤に含まれる成分で、消えてしまったのだと思われる…

私 「見て…」

嫁 「ん?」

私 「文字が消えてる…」

嫁 「えー!ほんまやー!」

私 「しゃーないなぁ」

嫁 「あんだけ張り切って準備してたのにぃ」

私 (そんな張り切ってたんか)

嫁 「そのまま送ってみたら!?」

私 (それは無理やと思うわ)

嫁 「え〜かわいそ〜」

私 (いや、そこまででは…)

・ ・ ・

私以上に、残念がってくれた嫁である。

キャンペーンをしているメーカーがサントリーだったので、サントリー商品のところに赤鉛筆で印までしてたのに・・・
レシートを貼り付けるときは、文字の部分にこれは使わない方がいいです。

嫁の話し言葉

自分の嫁のことをいろいろと好き勝手に書いているが、私らは2人とも、どちらかというとおとなしい方の人間だろう。

2人で参加したあるイベントで知り合った関東の人から「関西の人でもそんなに喋らない人もいるのね」と言われたことにも表れていると思う。

そんな2人でも、対比してみると、

嫁は大味、私は繊細、

嫁は積極的、私は消極的、

嫁の攻め、私の守り、

といった構図になる感じがする。

分野によって性格が逆転することもあるようだが、総合的にはそんな感じだろう。

といったことを考えつつも、そう言えば、嫁の言葉は丁寧だなぁとふと思うことがある。

例えば、喧嘩をしたときなんかも、汚い言葉、乱暴な言葉を使ったのを聞いた記憶がない。

また、私に対して命令口調で何かを言った、っていうことも1度もないと思う。

これ、結構大事なことかもしれないなぁと思う。

少なくとも私にとっては。

偉そうに言わない、ということではなくて、何というか、品を保っているというか。(ええように言い過ぎか…)

人様のことを批判するつもりじゃないけど、結構カップル、夫婦でも、女性が男性に対して「お前が悪いんやろ!」とか言ってるのを聞くと、私個人的に何となく抵抗感がある。

男性が女性に「お前」というのは何も思わないんだが、結局これは聞き慣れている、言い慣れているだけなんかな。

正論で考えると勝手なもんやな…

そういえば、子供に対して「何しとんねん!アホかお前は!おとなしくしろ言うてるやろ!」みたいな、同年代の友達にキレるみたいな怒り方をしているのを聞くのも、なんか辛かったりすることもある。

たぶん、嫁も私も、そういう怒られ方はされなかったんだろうなぁと、今を見ていて何となく想像できる。

ちょっと話が複雑な事になりそうなので、このくらいにしようかと思うが、人の話し言葉って、文字通りの意味と、その人の育ってきた環境、そして出来上がった人格が乗っかって、相手に印象を与えるもんなんだろうなぁと思う。

嫁の話し言葉には、大らかさ?どっしり感?が自然と醸し出されているような感じがする。

嫁の逆ネジ

特にたくさん話をしているという意識はないとしても、ある程度長いこと付き合いが続いてる人に対しては、相手が使う言葉、ボキャブラリー、表現仕方など、その人らしさみたいなものが分かってくるのだろうと思う。

例えば、あるときその人が言った事に対して「ん? この人にしては珍しい言い方だなぁ」と感じたりすることが時々ある。

いつも強気の人がふと「俺あかんなぁ」なんてことを言ってみたり、いつも静かな人が「あのやろー!」とケンカ腰な表現をしてみたり。

こてこての関西弁の人が、標準語で喋り始めるなんてのも、憧れの表れか、誰かの影響なのか。

そこまで分かりやすいものでなくとも、その人がそれまで発したことのない単語を言ったりすると「?」と感じたりするものだ。

先日、なんの話してたのか忘れたが、

嫁「そんなん逆ネジかまされる」

と言っていた。

嫁らしからぬ表現だったので、思わず吹いてしまった。

私 「『逆ネジかます』てなんや(笑)」

嫁 「ははは」

私 「そんな言い回しどこで仕入れたんや」

嫁 「なんやろ?どうせカバチタレ!とかナニワ金融道とかちゃう?」

逆もあって、私が言った事に対して、

嫁 「なんか今の言い方、らしくない」

と言われてハッとすることもある。

「らしさ」というのはなかなか言葉では言い表しにくいものだろうと思うけど、一見何でもない日々の積み重ねが、その人の「らしさ」を作っていってるのかもしれないなぁ。

踏みつけられたメガネ

私は普段はコンタクトレンズをつけているが、だいたいでかけるときは、メガネも持って出るようにしている。

視力は、C字の表の一番上が見えないので、何歩か前に出るくらいのものなので、結構な近眼。

以前、コンタクトがずれしまい、左右の視力差が半端ない状態で、半日近く過ごしたことがあって、それからは、出かけるときは忘れずに、メガネを持っていくように心掛けている。

もともと視力が良い方ではなかったけれど、小学校高学年くらいのときに初めてメガネをつくったのだったか。

高校くらいでだいたい今の視力くらいだったかもしれない。

メガネで思い出したのだが、高校か大学のとき、嫁のうちにお邪魔して、なんやらかんやら話をしていて、メガネをふと床に置いて、顔をさすっていたときだったか、それに気づかずに、嫁がメガネを踏んづけてしまったことがあった。

もちろん、パリッ。

幸い、レンズが粉々になったわけではなく、ケガも無かったのだが、レンズにはヒビが入り、フレームは曲がってしまった。

「あ~ごめん~!」

「いや、しゃあないな」

みたいなことを言い合っていたか。

その日はどうやって自分のうちに帰ったのか分からないが、チャリンコで慎重に帰ったのだろうと思う。

翌日だったか数日後だったか覚えていないが、嫁は「メガネごめんね」ということでいくらかお金を渡してきた。

もちろんそういうつもりはなかったので、「いやいやええよ」というものの、「でも…」という話で、受け取った方が嫁の気持ちもすっきりするのかもしれない、という判断のもと、受け取ったのだったろうか。

こういうのは、どう考えるか人によっていろいろあるとは思うのだが、嫁が弁償しようという発想があることに、

「付き合うとるのに律儀なやっちゃな・・・」

と思うのである。

親しき仲にも礼儀あり、という言葉もあるが、あまり固く考えることもないとは言え、友達同士はもちろん、夫婦間であっても、親子間であっても、些細なことの考え方とか価値観といったものは、結構大きなウェイトを占めるものかもしれないなぁと思ったりする。

メガネを床に置いた私もマズかったし、踏んでしまった嫁も気の毒。

嫁に踏まれたメガネはひとたまりもなかったことだろう・・・

それでも、若かりし頃から嫁は、律儀なところがある、という発見につながったわけだ。

そう考えると、万事が、何かを発見するための出来事なのかもしれないな、と思うのである。

ドリア

私の親父は木工家具を作る仕事をしていて、いわゆる職人気質、昭和、和風、頑固者という印象で、厳しくも優しい親父だった。

基本、和食のアテに日本酒、というのが晩飯どきの常だった。

私が酒を飲むようになるまでにこの世を去ってしまったのは心残りだったけど。

その子供の頃の食生活の影響があるのかないのか、どちらかというと私は和食よりの好みの部分があるかもしれない。

居酒屋なんかに行って注文するのは、だし巻き、山かけマグロ、ししゃも、みりん干し、漬け物、というのがパッと浮かぶ。

ちょっと値段の張る居酒屋へ嫁と行って食べた、川津海老の素焼きとか、空豆の素焼き、なんてよろしいな〜。

子供の頃は、原則和食という食生活で、外食はごくたまに、焼肉バイキングとか、中華料理屋に行ったりしていたか。

今では普通に食べるが、ピザとかパスタといった、いわゆる洋食らしいものが食卓にあがることはあんまりなかったように思う。

ふと思い出したのだが、嫁と付き合い出して何年かした頃、高校?大学?のときだったろうか、ドリアなるものを初めて知った。

高校なら、30年近く前、1980年代?

グラタンは食べたことがあって知っていたがドリアは知らなかった。

白米の上にチーズがのっているのを見て「なんじゃこりゃ〜!」とド肝をぬかれた覚えがある。

まさに文明開化。

嫁に教えてもらってなくても、いずれドリアくらいは知ることになっただろうとは思うが、嫁始まりで知った、そういう細かいことって結構多いように思う。

嫁は学生時分から、アメリカ、イギリス、タイなどへ行ったりしていて、私に、世界は広いんだよ、ということを教えてくれていたのかもしれない。

ドリアでそこまで言うのは大げさか…