エスカレーターが怖い? 2022.08

いつも行くショッピングモールで、エスカレーターを降りようとしているとき、あるお父さんと、小学校低学年くらいの?男の子が我々の前にいた。

どうも、男の子は、エスカレーターが怖いのか、乗るのに躊躇していた感じがあった。

それに加えて、乗る直前に、手に持っていた何かを落としてしまい、お父さんは先に乗ってしまって降りていき始めた。

男の子は落とした何かを拾いあげたが、乗るのも怖かったのかもたもた…。

数段下からお父さんは「怖くない!早く乗りなさい!」と。

我々含め、後ろから他の人が並んでいることもあり、お父さんも困ってイライラという感じだったんだろうなぁ。

男の子はその場に座り込んで、その態勢でエスカレーターに乗り込もうとした。

私はありゃありゃと思いつつ、下りエスカレーターに乗るときは、落ちさえしなければ、引き込まれたりしないので危なさはないだろう、降りるときにも座っていたら、抱え上げようと思って、成り行きを見ていた。

そんな数秒のドタバタの中、私の横にいた嫁がすっと前に出て、その子と手を繋いで、男の子と一緒にエスカレーターに乗り込んだのであった。

乗るときに繋いだ手は放した状態で、男の子と嫁は2人並んでエスカレーターを下っていく。

それを1段飛ばしの後ろから私は眺めていた。

そして、いよいよ降りるタイミングが近づいたときに、嫁はすっと男の子の方に手を差し出すと、普通に男の子は、嫁と手を繋ぎ「よいしょ」という感じでエスカレーターを降りたのだった。

下で待っていたお父さんは「すみません、ありがとうございます」と。

お父さんはお父さんで、まわりの迷惑になるし困ってちょっときつめに言ったような感じだったのかなと思う。

そんなことがあって、ふと思い巡らせてみる。

一般的に、できて当然と思っていることでも、人によっては苦手な場合があるのよね。

ましてや、子供と大人では大きく違うだろうし、子供の場合は、その差がたくさんあるだろうと。

たとえば、エスカレーターに乗るのが怖かったとしても、まずは、手を繋いでなら普通に乗れた。

手を繋ぐのは見知らぬ“おばちゃん”でも大丈夫なわけだ。

そうしているうちに、怖いものじゃないと分かってくるだろうし、時間がかかりそうなら、実際は繋いでないけど、手を繋ぐ素振りを入れて、言うなれば「エア手つなぎ」というのを挟んでもいいかもしれない。

そうしているうちに、ひとりで乗れるでしょうと。

いやいや、そんなことまで考えずとも、そのうち手を繋ぐのが恥ずかしくなったりするでしょうしね。

お父さん、子供がエスカレーターへ乗るときに、何か落としたのを気づいてなかったんじゃないかなと思う。

エスカレーターへ乗るのが怖いうえに、直前に持ち物を落としたとなると、子供としては少なからずパニくるだろなぁと。

お父さんの反応も分かるし、男の子の気持ちも分かる気がして、どちらが良い悪いではないけど、そこにたまたま嫁が仲介に入れて良かったのかなぁと思ったり。

そういえば以前には、下りエスカレーターで、おばあさんがモノを落として、それをおじいさんが拾ってあげようとしてコケる、ということがあり、降りるところで、私がおじいさんの腕を引き上げた、ということもあった。

それからというもの、エスカレーターの非常停止ボタンの場所とかも、確認したりするようになった。

何にせよ、事故とかがなくて、良かったということなんです。

皆で人助けをしましょう!!というようなアピールや宣言じゃないのだが、困っている人がいたら、恥ずかしがったり、躊躇するようなことなく、まったく自然に動ける人でありたいなと思うのである。

嫁と知らない男の子が、エスカレーターで2人並んで降りているのを、後ろから見ているのも、何ともほっこりする画だった。