
連日うなされる


先日嫁と夢の話をした。
寝てるときに見る夢の方だ。
そのときの私の夢は、結構な大作やったんやが、ある場面で、白い小鳥が近くにやってきて、私の近くをぱたぱたと飛んでいるかと思うと、鼻の先に止まった。
寄り目にして見てみると、ニコちゃんマークみたいに笑っていて、隣にいた嫁に「ほら、笑ってるわ」と言った、というもの。
その朝は私の方が先に起きていて、小鳥が笑っとったなぁと思い出しつつ、ぼつぼつ嫁も起きてもええかと寝室に行き、まだ寝ている嫁のこめかみにくっつき、その感触を愛でつつ、耳元で話した。
私「小鳥が飛んできて、鼻の先に止まったんやけど、ニコちゃんマークみたいに笑ってたわ」
嫁「ふぇ…?あ、え…夢の話…?」
と、寝ぼけながらの反応があった。
雰囲気からしてまだ起きんなぁと思い、また今へ戻った。
しばらくして嫁が起きてきて、とくに何を話すわけでもなく時間が過ぎたが、昼?夕方になって、
嫁「今朝、なんか、鳥の夢見たって言ってたやん?」
私「あぁ、小鳥が飛んできて、鼻の先に止まって、見たらニコちゃんマークみたいに笑ってたんや」
嫁「アタシも鳥の夢見た!」
私「へぇー」
嫁「青い鳥がきて、口が笑ってて」
私「俺のんは白で、クチバシやったし、目が笑ってたわ。後から、黄色か黄緑の鳥も来たわ」
嫁「同時に鳥の夢見て、どっちも笑ってたんや。朝聞いたとき、えー私も見たー!って思ってん」
私「あの状態で覚えてたんや(笑)」
嫁「自分も見た!って思ってんけど、眠すぎて言えんかった」
同時に同じものの夢を見る、というのも、なんとなく面白いもんだなぁと。
話をしながら、なんかええことある予兆ちゃう?とお互いに話したのである。
そのあと、嫁は「流暢に関西弁をしゃべるゴリラも来た」と言っていた。
ゴリラ曰く「飼育員さんとしゃべって覚えた」らしい。


ある作品というか、創作されたものを見てどう感じるか、どう解釈するかは人それぞれでいいと思う。
音楽、絵画、映画、小説、陶芸、生花…、いろんな作品の形はあるけど、大なり小なり、作者の中の何かが表出されたものと言えるのかなぁと思う。
創作者が何らかの意図で創ったものが、全然違う解釈で受け取られるってことは珍しいことじゃない。
芸術作品とか言われるものは、いろんな解説や説明があったりするけど、それだって、それを解説してる人の感じ方であって、正しいとか間違ってるとかいうのはないはずだ。
それでもそういうのを見て「そうそう!共感!」となることもあるだろうし「なるほど、そんな見方もあるんやな」とか「は〜そう見ますか〜」とかいう風に見ると、それはそれでまた面白いもんだと思う。
ところで先日から、このプログに「嫁の漫画」というカテゴリーを新設した。
これまでは、私が嫁とのやり取りを書いた「嫁で雑記」「嫁で漫画」の2つだったが、『嫁「の」漫画』を追加して3つになった。
3つ目の更新頻度は未知だが、嫁が書いて、教えてくれた時にはアップしようと思う。
1作目は「ドライヤー君」
ドライヤー君は、たまには髪以外も乾かしてみたいと考え、加湿器だろう、そこから出ている蒸気を乾かそうとしてみた。
が、実験結果では、蒸気は乾かない、というひとつの結論を導き出した、という物語だ。
そして、その結果が、良かったのか悪かったのか、望ましかったのかそうではなかったのか、といったことは、ドライヤー君の表情からは分からず、ただただ、そういう結論を出した、という結末である。
人間の子供が、無目的的に、何かを試しているような、そんな印象を受けるのである。
2作目は「座イス君」
角度を変える部分がパキパキいうことは、本人が自覚しており、それをカバンか何かに話ししている。
自分がパキパキなることだけで完結している。
カバン君?は、パキパキいう、としか話さない座イス君に対しても、ちゃんと返事をしてあげていて、人が良さそうである。
双方の意思疎通ができているのかどうか定かではないが、険悪なムードは全く感じられない。
カバン君?に言うだけでは飽き足らず、最後は、独り言ともとれるような感じで、自分がパキパキいうことを改めて言っている。
座イス君は、良く喋る、いつも明るい性格なんだろうなと感じる。
そういえば、こういう人間のおっちゃんっておるよなぁと思う。
どういうんだろう、意味があるようなないような、シュールと言えるような言えないような…そんな感じがする作風でしょうか。
と、記念すべき「嫁の漫画」2作について、解説ではないが、感想を書いてみたのであった。