「100日後に死ぬワニ」

私は先週くらいだったかに嫁から教えてもらって知ったんやが「100日後に死ぬワニ」という、1日1話、Twitterで更新されてきていた4コマの日めくり漫画があって、話題になっていたようだ。

教えてもらった日の晩酌のときに、そこまでの90日分くらいをざーっと読んで、それからは1日1話。

そう、そして今日がちょうど100日目にあたる日で、エンディングを迎えたのだった。

タイトルのままなんで、ネタバレにはならないと思うが、今日の回で、主人公のワニは死んでしまった。

毎晩7時頃に更新されてきていたようで、今日の夜7時半くらいのこと、

嫁 「あ〜今日ワニくん死んじゃう」

私 「そやなぁ、100日目やなぁ」

嫁 「うわ〜引き延ばしとこ…」

と、しばらく躊躇していた嫁も、意を決してチェックしたようだ。

そして「あぁ…」という表情とともにこちらを見る。

私も見てみようと、ホーム画面に置いていたページを見に行くが、99日目のままだった。

私はTwitterをやってないんで、そのページはちょっと時差があるようだ。

嫁からTwitterのページを送ってもらい、私もチェック。

私らは2人とも、しんみりというか、何というか「なんかええ話やったなぁ」という感想。

100日目後かどうかは別にして、何日後…というと近過ぎるニュアンスになるかもしれんが、少なくともある時間が経てば、例外なく皆んな死んでしまうわけだ。

4コマが終わった欄外に「死まで○日」というフレーズがずっと付いているんやが、

嫁 「これって、日々の私らも、数字がいくつか分からんだけで、そんな感じやねんなぁ」

私 「未来から見れたらそういうことやわな」

嫁 「あ〜またいつものショッピングモール行ってる、とか言うて」

漫画に限らず、いわゆる創作品って、好みがあるんで、何に何を感じるかは人それぞれだろうけど、我々は2人とも好きな作品だと言えそうだ。

私ら、死まで何日なんだろう。

ネガティブな意味ではなく、死を意識してこそ今日を大事に生きられる、ということも言われる。

メメントモリとか。

「100日後に死ぬワニ」も、なんだか惹かれる空気感があったので、紹介兼ねつつ、こんなことを書いてみたわけです。

ホワイトデー 2020

遅ればせながら、3月14日はホワイトデーで、先月の2月14日バレンタインデーには、嫁から、ケーキだったかをもらった。

2人で食べたような気がする。

今年のホワイトデー当日は、土曜日で勤務先は休みだったので、いつものショッピングモールへ出かけていた。

私はホワイトデーというのを完全に忘れていたのだが、フードコートでコーヒーを飲みつつ、書き物をと思い日付を書いたときに「あ、ホワイトデーか…」と思い出した。

そして、嫁に「トイレ行ってくる」と伝えてしれっとその場を去り、辺りの店舗を見渡して「ここらがええかな」とお菓子屋さんに入った。

そして、嫁の好きなものはなんやったか…と思い起こしながら見渡しつつ、はじめに思いついたのは、プリングルスのサワークリーム味。

かなり好きだったはずやったのだが、以前、なんの時だったかプレゼントに混ぜたとき、従来のように、パリポリ食べないのを見て、

私 「ん?あんまり進まんな?」

嫁 「ん?」

私 「食い過ぎて飽きたんかな」

嫁 「…」

とのことで、ブームが去っているように感じた。

なのでそれはヤメ。

なら、これはイケるだろうということで、昔からよく食べていると思う、ハッピーターンを買うことに。

スタンダード味の大袋がなく、3種類くらいの味のセットになったやつしかなかったので、まぁこれでいいか、と決定。

それだけじゃなんとなくさみしい気がしたので、ラム酒入りのチョコレートをひとつ。

会計済まして、レジ袋を持って嫁のもとへ。

私 「はい」

嫁 「?」

私 「ホワイトデー」

嫁 「うわ(笑)ありがとー」

私 「愛想ないけどな(笑)」

嫁 「うれしー(笑)」

とのこと。

普通に喜んでもらえた。

私は、こういうイベントみたいなものは、積極的にやろうと考える方ではないが、喜んでもらえるというのは、もちろんこちらとしても嬉しい。

40代半ばの夫婦って、どんなバレンタインデー、ホワイトデーを送ってるんでしょうね。

ま、夫婦それぞれやわな。

業務は40度

嫁が最近、好んで飲んでるレモンサワーの素。

これは業務用で、40度なんで炭酸水多めに。

ちなみに、通常のやつは25度だったはず、

だけども、順調に?着々と減っていってる。

偉人伝

嫁ブログ、と言う名前で書いているが、結局のところ、私が私のことを書いているに過ぎないのかもしれんなぁと思った。

タイトルは嫁プログだけど、書き手の私の目から見た嫁のことを書いているので、嫁それ自身のことをちゃんと表現できているわけではないのだろうと思う。

よく偉人さんの本などがあって、私もちょくちょく読んで、感銘を受けたりするが、それも、著者がそういうふうにその人を見ている、ということに過ぎないんだもんなぁ。

つまるところ、それを読んだとき、見たとき、その解釈を知ったときに、受け手が「あ…!」と何かを感じたときに、良かれ悪しかれ、変化があるんやろうなぁと。

・・・

面倒なことになりそうなので、私の嫁ブログに話を戻しましょう。

このブログでは、嫁のことを、正しくは表現できていないかもしれないけど、私が嫁をそういうふうに見ているんだ、ということは、確かなことなんだなぁと思うわけで。

なにせ、嘘は書いてないから。

ときどき嫁に見せて「そんなことあったっけー」と言われることはあるが、そんなことがあったから、そして、それが印象に残ったから、わざわざ後からメモってるんですわ。

それに、嫁ブログのカケラをたまに嫁に見せると「あははは、あたしオモロイこと言うてるなぁ」と言う嫁を見ると、私は私で、まぁこんな感じで書いとかいなぁと、励みというほど大げさではなく、なんだか続くようだ。

ここまで書いて読み返してみたが、まるで私の書いてるコレを「偉人伝」と同列にしているところに、嫁オタクさが出ているのかもしれない。

いや違うねぇ。

偉人伝として取り上げられている人も、偉人かどうかは、自分が判断することやからねぇ。

私の場合は、嫁を偉人と考えているわけではないが、私にとって重要人物であることは、まぁ間違いなさそうだ。

なんの話やったっけね…