ちはやふる

「ちはやふる」の映画を観た。

漫画好きの嫁からその作品のことは聞いていたんだが、ちょっと前に「映画化されてるやつ借りようと思うねんけど一緒に観ぃひん?」と。

どんな映画でも、観た後になんやかんやと感想を言い合うのは好きなんで、楽しみにしていた。

話によると、まだ漫画の方も完結していないらしく、映画の方はどうやってまとめるんやろうということも感心の1つの模様。

DVDが届いた。

上の句、下の句、結び、と3部作。

結論から言うと、なかなか面白かった。

だいたい、漫画や小説なんかの原作を映画化した作品って、しょうもなくなることがほとんどの印象があるが、これはなかなか出来がいいんでないかと。

嫁も良かったとは言っていたが、さすがに漫画の方は時間制限がないので、描写がより丁寧というか、たくさんのことを描けるので「あのシーンがなかったな〜」「あそこは大事なんやけどな〜」と、思うところはいろいろあるようだ。

でも、概して、嫁としても映画化には成功しているという感想なんじゃないかと、肯定的な感想だったように思う。

晩酌しながら観たわけだが、思わず涙してしまったシーンがいくつかあった。

ふと嫁を見ると、嫁も涙。

結構、映画を観ながらハマるところが近い感じは以前からある気がする。

私は、上の句では、作中の「机くん」。

書くとネタバレみたいになるのでやめとこうと思うが。

嫁曰く「ちはやふる」の女性読者の中では、綿谷新(わたやあらた)派と真島太一(ましまたいち)派があるそうな。

嫁は、どちらかというと、新(あらた)派だと言っていたか。

私は何派なんだろうね。

食感が好き

数ヶ月前に圧力鍋を買って、肉が柔らかく調理できて気に入っている。

第一ブームは落ち着いた感じがあるが、これとコンロと電子レンジを駆使すると、同時に3品ができると考えると、飲みながらの準備も楽しみが膨らむ。

圧力鍋には、レシピ本が付いていて、肉、魚介、野菜、ご飯もの、デザートなんかの分類があるが、そこに、豆類というのもある。

豆料理というのに、あまり興味をそそられないのでやったことがない。

私「レシピ本に豆の分類があるけど、あんまりやろうと思わんわ」

嫁「あ〜」

私「豆をいうたら枝豆くらいか。あと空豆の塩焼きみたいなんは飲むのにいいかなぁ」

嫁「枝豆ね」

私「あんた結構枝豆好きやもんな」

嫁「ただ、枝豆は食感が好き。味よりも」

私「へぇ、そうやったんや、味やと思ってたわ」

嫁「あと、もやしの豆も」

私「あぁ、そういや似てるな」

嫁「食感が好き」

私「食感」

嫁「たまに、口は動かさへんけど、頭で噛んでる」

私「そんな好きなんや」

嫁「食感が好き」

私「なんや気持ち悪いなぁ」

嫁「何が気持ち悪いのよ、気持ちいいやんか」

私「まぁ自由やけど」

嫁「エア枝豆」

私「好きなものがあるのはいいよな」

結婚して20年以上、嫁が「エア枝豆」をしていることは初めて知った。

まだまだ私の知らないことがあるんだろうなぁ。

巡礼 2021.05

巡礼と称して、散歩に出かけることがある。

とくに目的はなく、ただ歩こか、というだけだ。

かれこれ、10年くらい前からだろうか、ときどきやっている。

一時期は、しょっちゅうしていた気がするが、ここしばらくはご無沙汰だった。

で、先日のとある晩、ふと私の方から「巡礼行かん?」と言った。

とっさには若干面倒くさそうな感じの素振りだったが、ちょっと考えてから「あ、行こ行こ!焼肉屋さんで野菜食べとかな!みたいな感じやな!」と、きっと私にしか分からないようなことをのたまったので、出かけることにした。

別に、このご時世だからというわけでもないが、日頃も運動不足なところもあるし、歩くのは悪いことではないわね。

ほな行こかと、まだちょっと晩は肌寒さを感じるので上着を着て。

玄関を出て、ほな駅の方へ向けて行こか、と歩き始める。

しばらく無言で。

そしてふと横を見ると、当然のことながら嫁が歩いている。

ふ〜む、いい感じよなぁ、と想う。

有名なフレーズを借りると「幸せだなぁ」というのに近いか。

そして、そういえばこの感じ、車の時もそうやなぁと想う。

横を見ると、助手席に座ってちょっと眩しそうに前を向いている嫁を見るときと同じ感じだ。

嫁は、どんな気持ちでいま歩いているのか、はたまた、どんな気持ちで車の助手席にいつも座っているのか。

何度か聞いたことがあったと思うが、こんな返事はもらったことがある。

「あ!家計のこと考えてた」

「え?百人一首のこと考えてた」

「ん?何も考えてない。無(む)」

ちなみに、

家計のことは完全に嫁に任せていて、たぶん離婚されたら、あらゆる支払いが出来ないと思う。

また、嫁は漫画が好きで、ホンマにいろんなジャンルを読んでいるようだが「ちはやふる」もなかなか面白いらしく、その流れで百人一首のことを考えていたのだろうと思う、

最後が「無(む)」。

何かとオモロイなぁ、すごいなぁ、と思うところのある嫁だが、いよいよ悟りを開きつつあるのかもしれない。

ま、なんやかんや書いてますが、巡礼というか、たまには、夫婦で、あるいは、子供らとか親とか含めても家族で、用事もなくとも少し一緒に歩く、というのは、わたし的には、ありよりのあり、ではないかと思うのです。