
助かっている



懸賞マニアではないが、いつも買っている食料品などで、キャンペーンのお知らせなどがあると、ついつい応募してしまう私。
そして、それを見て面白がる嫁、であるが、以前書いたように、プリマハムのウィンナーのバーコードを集めて応募するキャンペーンで、お笑いイベントが当たる、というやつに応募して、見事当選。
過去の記事 「そら来た!」
そのイベント行ってきた。
応募する時に、プリマハムの商品詰め合わせか、そのイベントの招待券にするか、若干迷ったが、商品は欲しい時にスーパーで買えばいいが、そのイベントでの芸人さんは、そのときしか見れない、という判断で、イベント招待券に応募したわけだ。
嫁はもともとお笑い好きだということは、大いに影響があるし、2人して楽しいかな〜と思ったということだ。
そして行ってきました。
会社早めに切り上げて、嫁と久々に外で待ち合わせ。
「着いたら電話して」
ぷるぷるぷる〜
「東口の改札の前におるで」
「見えた〜」
とおち合う。
腹ごしらえをして、会場の場所を確認し、
ドトールでおちゃ。
ぼつぼつ行こかと。
若手ありぃの、ベテランあリぃの、やっぱ、ラヴやなぁと感じた。
「ティーアップ」久々に見たけど、面白かった。
嫁が「あの子らのびそう」というコンビもいた。
私は名前を覚えていなかったので、嫁に「なんちゅうコンビ名やった?」聞くと、
「マユリカ」
とのことだ。
いや、ほんまね、頑張ろうと思うよ。
芸人さんは芸人さんやと思うよ。
わーきゃーもあっていいし、いろいろあって成り立ってるなぁと思うなぁ。
お笑いもライヴ、嫁とのデートもライヴ、みんなライヴなのよね。
と晩酌しながら思ったのです。
私はよく嫁に頬ずりのようなことをする。
嫁という対象を、触覚、嗅覚、またその空気感を感覚的に捉えることができる感じがして好きなのである。
もともとどういうふうにしていたか分からなくなってしまっているが、今の形態は、正確に言うと頬ずりとは違っている。
自分のこめかみを、嫁のこめかみにくっつける、というやり方だ。
嫁が、本を読んでいるとき、メモ書きをしているとき、テレビを見ているとき、台所に立っているとき、寝ているとき・・・あらゆる場面で、狙う。
「また来たぁ!」
「やられた!」
「狙われてる…!」
などと言う。
だが、その頻度が多いこともあってか、くっついて行っても反応せず、本を読んでいるときであれば、何事も起こっていないように、本を読み続ける、というようなこともよくある。
台所に立っているときなどは、作業で動かないといけないわけだが、私がこめかみをくっつけている方へも、まるで何もないかのごとく、ぐいっと押し返してくる。
とても邪魔だろうと思うのだが、その押し返される感覚も私にとっては好物なのだ。
ただ、当たり前だが、時にはうっとおしいこともあるようで、顔を近づけると、顔を背けたり、避けたりすることもあるし、押し返してきて、あっち行けというのを示すこともある。
ちょっと前になるが、こめかみへくっついてくる私の対処方法で、別の方法を編み出したことがあった。
いつものように近寄っていくと「来る…!」と察知した嫁は、こめかみに手を当て「こめガーード!」と言った。
私 「(笑)なんて?」
嫁 「こめガード…」
私 「こめかみをガードするってこと?」
嫁 「うん」
私 「こめかみガードじゃないと分かりにくくない?」
嫁 「…」
私 「でもそれ、ずっとしとかなアカンから大変やな」
と、嫁は「こめガード」をしたままそんなやりとりをした。
しばらくして、嫁が「こめガード」を外した瞬間、
私 「『こめガード』破れたり!」
嫁 「あーやられたー!」
・・・。
その防御も万全ではなく、私によって1日にして攻略されてしまったのである。
私と同じように嫁も年齢を重ねているんだなぁと、嫁の誕生日を迎えたあと、改めて思った。
我々が結婚した年に生まれた姪っ子の1人はもう女子大生、もう少ししたら一緒に酒でも飲めるくらいなんだから、そりゃそうよなぁ。
ところで、嫁が誕生日の日に、じーんときた、という事を言ったのがキッカケになったんだと思うのだが、槇原敬之さんの歌を久々に聞いた。
というのは、嫁と付き合ってほどない頃の私の誕生日に、槇原さんの「どんなときも。」のシングルCDをプレゼントしてくれた、ということがあって、久々に聞いてみようと思ったのだ。
そういや、それだけではなく、ケーキまで焼いて私の家を訪ねて来てくれたのだった。
当時はスマホなんてないし、携帯電話、ガラケーさえない、ポケベルってあったと思うが、我々は持ってなかったし、私の家を知らないはずの嫁は、地図で調べたんだろうと思う。
今、同じようなことをしてくれるとは考えられない!
暑い、寒い、遠い、しんどい、のどれかだろう。
これを書きながら嫁に聞くと「そのとおり!」と言った。
話を戻そう。
槇原敬之さんの歌で「NG」というタイトルのものがあり、その歌詞の一部に、
二人で暮した日々よりも
誰かの噂を信じた
僕になぜうつむいたままで
言い返せなかったの
というところがある。
それが流れたときにふと、私が「そらアカンわなぁ…」とつぶやいたようで、
嫁 「なんか、ぼやき漫才みたいやで(笑)」
と。
私 「そういうことは本人にちゃんと確認せにゃアカンやろ」
嫁 「まぁそうかもね」
私 「例えばやで、もし俺に疑わしい噂があったらアンタはたぶん直接聞くやろ?」
嫁 「うん」
私 「ほんで『何もないで』と言うたら?」
嫁 「『そうやんな〜!』って言うと思う」
私 「そんな素直に信じられたら、もし何か後ろめたいことがあったとしたら、俺、後々めっちゃキツなるなぁ(笑)」
嫁は基本的に、無条件に近いくらいで私を信用してくれていると感じるので、嘘をつくと、こちらの良心が痛むわけだ。
そのくらいの良心はあるつもりだ。
あー、嫁には正直であろうと、改めて思った私だった。