ナッツ占い

ある日、嫁から「ナッツ占い」というものを教わった。

そういえば、しいたけ占いってのもあったなぁと思い出して、食材で占うというジャンルができているのかもしれない。

歴史をひも解けば、皿?瓦?みたいなものを落として、割れ方によって未来を占う、なんてのもあったとか聞いたこともある。

占いというのは、奥が深いのか浅いのかよく分からんが、面白いもんではあるなぁと思う。

ところで、嫁から教わった「ナッツ占い」は、ルールは聞いていないが「Ziplocに入った複数種のナッツを皿にコロコロコロッと出し、その配列で占う」というものだと私は解釈した。

先日の「ナッツ占い」の結果としては、

嫁「良いと出てる」

とのことだった。

その、占い結果を表しながら配列しているナッツを、嫁はぽりぽりと食べるのである。

中には、ドライいちじくも含まれている。

占いの材料である幾種類ものナッツ群は、いろんなナッツを1つにまとめている袋から取り出される。

第2回「ナッツ占い」の開催はいつだろうか。

私の予想では、近日中に催されるのではないかと想定しているのだが…。

ただ、嫁は読めんので、分からん。

壁に刻んでおこうかしら。

電球

嫁は漫画が好きだということは前にも書いた。

漫画だけでなく、活字本もよく読んでいるようだ。

いつだったか、嫁自身の昔の話を聞いたことをふと思い出した。

はるか?昔、自分の寝室、ベッドが押入れの中だったらしく、よくその中に入って、漫画なり本なりを読んでいたらしい。

それでかどうか分からんが、案外狭いところというか、こじんまりしたスペースを好むところがある気がする。

あれから、30年?40年?たった今でも、その感じは残っているらしく、部屋の隅に自分の書斎のようなスペースをこしらえている。

そこには、暖色の電球がつけられているのだが、それが、たまに暗くなったりするようになったらしく、先日、新しい電球を買ったようだ。

で、私がなんともなしに聞いたことから、面白いことが判明した。

私「こないだ買った、新しい電球に変えたん?」

嫁「うん…。まだ前のやつが切れてないから」

私「なるほど、予備として買ったんやったんか」

私「・・・。」

で、今日明らかになったことがある。

嫁書斎の切れかけている電球と、新調しようとして買った電球とのサイズ感の違いだ。

私「ははは、確かにこれは合わへんわな。」

嫁「そうやねん。調べたんやけど。」

私「あぁ…、調べてこれやったら、調べん方がええんとちゃう?」

と、本来欲しかった電球より大きめの電球は、玄関付近の電球が切れたとき用に、ストックしておこうと思うのである。

夢で地方の不動産見学

ときどき嫁が、夜に見た夢の話を話してくれることがあって、へぇ〜とか言いながら聞くことがある。

楽しい夢、怖い夢、不思議な夢、当然ながらいろいろある。

私は、深層心理学者の河合隼雄さんが好きで著作を結構読むんだが、夢の話というのはよく出てきて、以前から自分の夢をメモったりしている。

別にそれを何かに使おうとしているわけではないけど、なんとなく続けていることだ。

せっかく嫁からも話を聞くので、聞いたときには嫁の夢もメモっている。

先日聞いたのはこんな内容。

「ある地方で家を探していた。橋があって、車道と歩道があるんだが、途中で歩道がなくなっている。係の人が車を停めている間に、全速力で走らないといけない。これは嫌やなぁと。このこと説明してくれたからいいけど、言わずに売ろうとする不動産屋さんもいるんとちがうかなぁ」

結局、購入には至らなかったようである。

それにしても、全速力で走らないといけない橋がある、というのは不便だ。

年配の方なんかには相当厳しい。

我々2人も、今なら何とか対応できるかもしれないが、後々大変になってくるはずなので、そこに決めなかったのは、いちおう正解だったと言えるかなと思う。

我々、結婚する前もそれぞれいくつか引っ越ししていたし、同棲する際に借家探しを楽しんだり、結婚時に中古の分譲マンションに、そして1回引っ越して今の家に住んでいる。

不動産というのはなんだか魅力のある代物で、購入するわけではなくても、嫁も私も、見ていて楽しいことのようだ。

ワインの適切な量とは

先日ニトリへ日用品の買い物に出かけた。

到着して店内へ入ると、いつものように嫁の「自由時間とする!」との宣言が発令され、いったん解散となり、それぞれ思い思いの売り場へと向かった。

私は、机やタンスあたりを見てまわって、調理器具や食器のところへ。

ふと、ワイングラスが並んでいるところへ差しかかった時に「あぁ、やっぱりワインをグラスへ入れる量はこのくらいが通常なんよなぁ」と思って、ディスプレイされている写真を眺めた。

おおよそ、グラスの4分の1くらいに、赤や白のワインが注がれている写真である。

たまたま嫁を見かけたので「ちょっと来て」と声をかけ、そのワインが入ったグラスの写真を指さした。

私「ほら、やっぱりワインてグラスにこのくらい入れるのが普通なんやで」

嫁「うわ!少な!」

私「いや、あんたの量がいつも多いねんて」

嫁「あ〜かわいそうやなぁ、そんだけしか飲めへんねんなぁ」

なるほど、この写真の家庭では、飲む量が限られていて、それだけしか飲むことができない、という解釈のようである。

まぁそもそも、一般的な?標準的な?決まり的なこと?とは別の次元で生きているところのある嫁には、こういった講釈は通じるものではない、と、改めて思ったわけである。

グラスに注ぐワインの一般的な量
(サントリーのページから)

嫁が注ぐ量