コーナンとダイソー

ここ数年くらいのうちにだろうか、ホームセンターのコーナンに、100均のダイソーが併設されているところが増えた。

経営とかの詳しいことは知らないけれど、協業する形になったんだろうね。

我々がよく出向くコーナンにも、あるとき、ダイソーが入るということで、その区画を改装していて、できたときにも出向いてみた。

私「お〜ダイソーできてるなぁ」

嫁「ほんまや〜」

私「こりゃ便利やな」

嫁「けど、100均が入って、コーナンとしてはどうなんかなぁ」

私「ほぉ」

といったやりとり。

私は単なる消費者として、こりゃ便利やと普通に思っていたところ、嫁は、経営目線で、顧客の取り合いになることなどを心配したようである。

店舗とかを見るときにも、嫁にはそういうところがあるように思う。

新しい店とかに行っても、

「ここの分類の仕方はもうちょっとこうした方がみやすいはず」
とか
「レジの並び方はこうした方がスムースになりそう」
とか
「完全に人が足りてないよ」

という感じで、やっぱり店舗スタッフ目線で見ていることがよくある。

なにか、少なからず、嫁の頼もしさのようなものを感じるところでもあるのだ。

そう、ダイソーが入ることで、コーナンの売り上げに影響があるのかどうか。

我々の実情から推測してみるに、そういや嫁は、文房具とかあんまり100均で買っていないように思う。

以前、私が、コーナンのダイソーで修正テープを買おうとしたときに、

嫁「あ、それ100均じゃない方がいいよ」

とアドバイスをもらった。

そのときはとりあえず安いのでいいかなと思って、100均のにしたんだが、嫁の言うとおり、切れたり剥がれたりするんで使いにくく、結局、コーナンの文房具コーナーで購入したものを使うことに。

100均の便利さ、手軽さは捨てられないが、使う用途によっては、やっぱり、安いからというだけではよろしくないなぁと改めて思ったわけだ。

100均で事足りるものとそうでないものの使い分けが大事ということでしょうな。

私「これ、100均どうなん?」

嫁「じゃない方がいいと思うよ」

と、ときどき確認を入れると、だいたい間違いない。

100均で試したものの、嫁の言う通りだと思ったのは、修正テープ、テープのり、朱肉、認印、その他、結構ある。

私は、安いし…ということで100均で買うことがよくあるが、その使い勝手については、いったん嫁に聞くことにしようと思う。

ヨシオの誕生日 2021

もうだいぶん過ぎたけれど、今年で47歳のになった私。

嫁は、生まれ年で言えばひとつ先輩にあたる、今年48才だ。

学生時代は1年違うとだいぶん違うと思ってきていたが、いま思えばまぁ誤差の範囲。

嫁がいま勉強してる歴史のスケールから、そして私がいま読んでいる、宇宙の本の話からすると、気づかんくらいの差だ。

いや、ほっとくと話がどんどん脱線するんで戻すことにして。

今年の私の誕生日、47歳になった日には、嫁がお祝いをしてくれた。

勤め先の仕事は良くも悪くも忙しく、その日は遅めに帰宅したが。

帰宅して居間へ行くと、折り紙の輪飾りがテレビにかけてあり、華やかになっていた。

あと、買い物券のついた首飾りももらった。

メロンも食べた。

メロンを切っている嫁の自撮り写真ももらった。

誕生日を祝ってくれた!という喜びというのともちょっと違う、なんというんやろう、ありがとうという気持ちであった。

お楽しみ会みたいである。

なににせよ、折り紙を切って、繋げて、貼り付けて、飾ってくれたわけだ。

いっときでもその時間を私に使ったということ、ありがとうと思うと同時に、それが嫁にとっても楽しい?楽しい?ことであったらいいなぁと思うのである。

まぁここはややこしいことを考えずに、単純に、ありがとう、というのがしっくり来るよな。

後日、プレゼントとして、メガネを新調してもらった。

ありがとさん。

輪飾りは、しばらく自分の部屋に飾っておくことに…

共通項

私はいま…

と、今井美樹の歌ではないが。

通勤電車で、立て続けに宇宙論の読み物を読んでいる。

大学が物理の学科だったこともあって、電子とか光子とかいう単語には、それほど抵抗はない。

ただ、そんなに一生懸命に勉強したというわけではなく、部活動に専念してた感じなんで、物理にあかるいかというと、並の並?いや、並の下?いやいや、下の…、といった具合で自信はない。

ただ、言葉に抵抗がないというのは、けっこう大事な気がしてて、読んでる本の内容は理解できんにしても、なかなか面白いなぁという感じで読み進めている。

もうかれこれ、5冊目くらいになるか。

興味あることを知っていくというのは面白い。

これは、嫁も同じ感じで、嫁はいま歴史。

日本も世界も、いろいろ調べているようだ。

ところで、私が宇宙の話を読み始めたきっかけは、前にも書いたが、嫁が読んでいた「チ!」という漫画だ。

元…雨上がり決死隊の番組「アメトーク!」の漫画好きの芸人さんの回で取り上げられたらしい。

私はそれを見ていないが、嫁から「これ面白いで」ということで読んでみると、確かになかなか面白い。

先日は新刊が出て、ショッピングモールで、嫁がカバンをごそごそしてるなぁと思ってみると、ちらりと「チ!」の新刊を見せてきた。

「お!出てたんや」ということで、その日のうちに2人とも読んだ。

命がけの物語なんでシビアなのが好きでない人はダメかもしれないが、描写のきついところを抜きにしても、人間ドラマとして内容的に骨太な作品だと思う。

いろいろ、漫画やら本やら映画やら、共有する作品があるが、嫁と私にも共通項はあるんだよなぁと思う。

作品の何に反応するか、とか。

だいたい嫁が面白いと言うものは、少なくともどこかには面白いと思うところがある。

逆に、面白くないというときは、一致することが多い。

価値観に近いところがあるということたろうか。

当然、違う人間なんで、意見が別れることもあるし、行き違いもあるんやが、人間的には、どこかに共通項があって、それによって、かろうじて?繋がってるんかもしれんなぁとか。

人間てものは、彼女彼氏でも、夫婦でも、友達同士でも、付き合ってるのは、かろうじてなのかもしれんよねなんて。

良くも悪くも?我々夫婦はお互いにマイペースだと思うが、まぁ、似てるとこもあって、違うとこもあって、なんやかんやとやってるわけですかね。

なんの話だ…

地球は丸い

「地球は丸いな〜」と嫁が言った。

私の限られた、脳みそコンピューターがフル稼働。

そう言えば、私が最近、宇宙関する本などを読んでいて、それ系の話をすることがあるからか…。

いやいや、嫁は嫁で「チ!」という、天動説と地動説が争っていた時代をモチーフにした漫画を読んでいる(私も嫁の勧めで読んでて面白く続刊が出るのも楽しみ)からか…。

それとも、嫁がいま勉強している歴史の中の古代の天文学の話なんかを思い出してのことなのか…。

まぁ、そういうのが交わって「地球は丸い」みたいなことを唐突に言い出したのかもしれない。

私「え?なんで? マケドニアとかペルシャとかローマとか、歴史の中に天文学とかが出てくるから?」

嫁「ちがう」

…

ちがった。

降参して聞いてみた。

私「なんで?」

嫁「いや、さっきハワイは何時でデトロイトは何時とか言うから…」

私「あ、それでか…」

そういえば、私は、スマホに登録している各国の時間があって、日本、ハワイ、香港、デトロイトを登録していて、ほろ酔いの感じで、それぞれ「いま〇〇は◇時やなぁ」とか言ったような気がする。

それの相づち的な感じでの「地球は丸いなぁ」だったようだ。

そして、私が納得したのを見るか見ないかのうちに、そそくさと無言で浴室へ向かって行った。

さてここで。

夫婦で、それぞれの言葉を、それぞれが違う解釈をしていることは、よくあることだと思う。

なので、行き違いなんていうのは、どんなところからも生じる可能性がある。

ズレをなくすのは、同じ人にならなくてはいけない。

それは、ライガとフウガ(北斗の拳の登場人物)くらいにならないと難しい。

というか、ライガとフウガでさえ、違う人物なのである。

夫婦というものは、ズレがあって当たり前で、ときにそれを確認し合いながら、ズレを互いに寄せ合っていくべきなのか、あるいは、そのままそっとしておくべきなのか、そういったことをお互いに話せる間柄が理想なんだろうなぁと思うのである。

なんの話やったか…

そう、地球は丸いんだったか。

夫婦も出来るだけ丸く行ける方がええもんね。