リサイクルも気持ちよくがいいなぁ

リサイクルショップというのが出てきて久しいが、ここ何年かは、それこそデフレとか不景気とかいうことがよく言われ、リサイクルショップがかなりたくさんあるのを見かける。

類にもれず、私たち夫婦も、本やCDや、電化製品などを買い取ってもらいに行くことがときどきある。

先日は、嫁の実家から、不用品をいろいろと持って帰ってきて、買取屋さんを探して持って行った。

本などは自分たちがよく売っているのでどこがいいかと迷うことはないんだが、今回は、ゴルフクラブ、チャイルドシート、ぬいぐるみ、といったものだった。

小慣れてないないので、とりあえず持って行ってみようということで、本やCD以外もいろいろ取り扱っているブックオフの店舗へ。

すると、ゴルフクラブは、年式が古過ぎて値段がつかないが引き取ってはもらえる、そして、チャイルドシートは今は扱っておらず引き取ってももらえないとのことだった。

ゴルフクラブ、どうしようか迷った末、一応セカンドオピニオンを聞いてみようと、別の店舗に持って行くことに。

2店舗目はトレジャーファクトリー。

ゴルフクラブとチャイルドシートをカウンターへ持って行ったが、全く同じ結果だった。

ということで、ゴルフクラブは引き取ってもらい、チャイルドシートは残念ながら持ち帰り。

感じのいい店舗だったんで、引き取ってもらえるものがあっただけで良し、だ。

チャイルドシートを扱っているところがないかと探すと「他店で断られたものも持ってきてみて」というようなフレーズがある店舗を嫁が見つけてくれた。

いざ持って行ってみたのだが、結果は残念。

というわけで、その日は2人して玄関先でゴミ袋に入るくらいにえっちらおっちら解体して、燃えないゴミの日を待つことになった。

数日後の晩酌で、そのチャイルドシートの話になったときぽろっと。

嫁 「最後に持って行ったところ『こんな古いもの』とか『汚れもあるし』とか、なんかヤな感じやってん…」

私 「そうなん?なんも言わんかったし分からんかったわ」

嫁 「うん」

私 「感じ悪かった!とかもそのとき言わんかったな」

嫁 「その場でイヤな気持ちになったから、そのあと話してまたイヤな気持ちになったらもったいないと思って…」

私 「俺も店入ればよかったな、すまん」

嫁 「大丈夫、でもそんなん言う?って思ったし、なんかモヤモヤしたし喋れて良かったかも」

私 「俺らが商売してもそういう対応せんとこうって思うなぁ」

嫁 「ほんまやなぁ」

聞いてて、私もどうもすっきりしないのだが、嫁のこういう、切り替えようとする姿勢は、偉いというか、感心するというか、見習っていいところかなぁと思うのだ。

また思い出させたら可哀想やし、風化するまで話しないでおこうかなとも。

それにしても、リサイクルショップの店員さんがそんな感じの対応してたら、それがその人にリサイルされて同じような目に合いよるで…。

それよりなりより、もうそこには持って行かんとこうと思うよなぁ…。

「喜びは倍、悲しみは半分」

夫婦でいることの意味は何か?

いろんな答えがあるんだろうなと思う。

好き合った人が一緒に暮らすということ自体は、何も不思議な感じはしない。

でも、ある程度一緒にいると、お互いにわがままも出るだろうし、気に入らないことも出てくるはずだ。

すれ違いがあったりケンカしたりしながらも、一緒にいるというのはどういうことなのか。

なんの話からそうなったのか覚えていないが、

嫁 「『喜び倍、悲しみ半分』って言うよね」

私 「言い得て妙というか、ええ考え方やんなぁ、そうでありたいと思うわ」

嫁 「ほんまやなぁ」

私 「2倍か1/2から知らんけど、俺らはその方向で出来てる気はするんやが」

嫁 「いいじゃん」

私 「逆やったらかなりいややなぁ」

嫁 「喜び半分、悲しみ倍…」

私 「独りの方がええってなると一緒におる意味ないもんなぁ」

いろんな夫婦があるし、望む望まずに関わらず、生涯独身の人もいる。

不幸せな夫婦もあるだろうし、幸せな独り身というのもあって当然だ。

いま私ら夫婦は、上手いことやれていると、少なくとも私は思っているのだが、過去には、離婚という形を考えたかどうかは分からないが、離れることを考えた時期があったのだ。

たぶん、ココは良い、ココは良くないと、小さなことがいろいろあるとしても、総合的にプラスになっていることで「喜び倍、悲しみ半分」という結果になっていたらOKということなのかもしれない。

相手に対して、好きなところ、リスペクトできる部分がある、また、相手がいることで助かっていることなど、それらを集めたときに、2人でいることのデメリットよりも多いから、一緒にいるんだろうと思う。

いや、ごちゃごちゃ書くつもりはなかったんだが「喜び倍、悲しみ半分」というフレーズええなぁと。

面白い顔で「ふふふ」

よく行っているショッピングモールには、野外だが屋根があって、椅子が並べられているテラスのようなところがあり、解放されている。

そこは我々夫婦のお気に入りで、そのショッピングモールに行った時にはほぼ毎回そこのソファかイスに腰掛けて、休憩したり本を読んだり話をしたりする。

以前に書いた、月次報告会みたいなものも、そこでやることも多い。

そうは言っても野外なので、冬場には寒くてたまらんし、夏場は暑くて居れたもんじゃない。

なので、そこは春と秋の限られた時期だけという感じだ。

特に買い物する用事もなくても「あそこ行こか」という具合に出かけるときもある。

私らは結構何もしなくてもボーッとしていられる方だが、そもそもそういう時間というのはめちゃくちゃ贅沢なものなんだなと。

海辺なんかだと波の音を1日中聞いてるだけってことも平気だと思うのだが、なかなかそこまで贅沢に時間を使えるほど余裕はないかな…。

それでもそこのテラスはいい頃合いで贅沢時間を満喫できて好きだ。

それぞれ読みたい本を持って出かけ、しばらく自分の世界に入っていて、ふと嫁の方を見ると、嫁もこちらを見ていた。

しばらく見合ったあと「ふふふ」と嫁が笑い、私もつられて笑い、2人して「ふふふ」。

私 「なんやこれ?」

嫁 「なんか面白い顔してるな〜と思って」

私 「あんたもや」

と、お互いに面白い顔をしているということで笑ったようだ。

人間だいたい毎日同じ顔をしているはずだが、面白い顔だと思って?笑い合える時間が持てるというのは、いいもんじゃないかと思うのだ。

貴重なご意見

この嫁ブログのことを嫁に話して、抜粋して読んみてもらった。

嫁 「ははは、そんなことあったな〜」
嫁 「なんかそんなこと言うたな〜」
嫁 「あ〜そんなんやってたかも〜」

私 「ええ感じやろ?」

嫁 「笑ける」

私 「実際のことやから後から見ても、記録みたいで感慨深い…とまでは言わんけど、ちょっとは楽しめると思うねんな」

嫁 「続けようと思うんやったら続けたらええんちゃう?」

と、それなりに好評だった感じがした。

ある日の晩酌で、どういう話の流れだったか忘れたのだが、このブログの話題になって、酔っ払った嫁が言い始めた。

嫁 「なんか変なんばっかりやん」

私 「なんで? ほんまのことやん」

嫁 「変なところだけピックアップしてる…そんなんばっかり書かんと、私の美しさとかさぁそういうので1ページ書いてみぃさー!」

と、からまれた。

私 「じゃあ『私の美しさとかそういうことを書け』と言われた、ということを書くわ」

嫁 「そういうことじゃないでしょうが…!」

と、さらにからまれた。

そういう要望があることは分かったのだが、このブログには、実際のことを書くようにしようという当初設定した自分ルールに則って、今日の記事は、このようになりました。

可愛いお嫁さん

嫁としては初対面の、私の父方の親戚。

法事のために父方の兄弟、長男の叔父さん宅。

車で出向いたのだが、駐車スペースは1台分しかない。

親族が何家族かやって来ているわけで、当然停めるところがなかった。

前もって調べてくれていた従兄弟がナビしてくれつつ、近くのコインパーキングに停めることができて助かった。

その間、嫁と母を叔父さん宅に残していたのだが、嫁は全員が初対面という状況でその場にいることになっているのでとても気になった。

後日、

私 「すまんかったな、車置きに行ってる間、大丈夫やったか?」

嫁 「大丈夫やったよ」

私 「はじめて会う人ばっかやし、オカンもそないに流暢にとりもてる方ではないし」

嫁 「ホンマのはじめてって、聞くこといろいろあるからむしろいいかも」

私 「なるほどそうかもなぁ、でも、とりあえず先に紹介しとけば良かったなと」

嫁 「うん、でも、自分で『彼の嫁です』って自己紹介したし」

私 「それも会話のきっかけにはなるか…」

嫁 「そうそう、叔母さんがお母さんに『可愛らしいお嫁さん、娘さんができて良かったねぇ』って言ってたんよ」

私 「ははは、それを社交辞令と言うんや」

嫁 「皆さん言うてくれて、アナタの親族の方々はほんとに正直な人たちやなぁって」

私 「『あら〜ブサイクなお嫁さんですなぁ!』とは誰も言わんやろ、お世辞というやつや(笑)」

嫁 「いや〜ほんとに正直な人たちやわ〜」

私の従姉の1人と同じ年だったようで、松嶋菜々子と同じ年だ、友近とも同じ年だ、とか話してたらしい。

結構よそ者扱いというか、あまり歓迎してないような対応をされるケースも無くはないようなことも聞くので、嫌な思いしなくて済んだのであれば、良かったなぁと思うし、有難しだ。