久しぶりの外飲み

夕べは職場から帰って来つつ嫁にLINE。

「外飲みとかどう?」

しばらくして、

「いいね!私はロイヤルホストでレモンサワー飲んでる!」

との返信。

すでに飲んどるんかい!てなもんだ。

そもそも、ロイヤルホストにレモンサワーってあったんやなぁと、

で、店はどこでもええよ〜ということだったんで、たまに行く焼き鳥屋さんで待ち合わせることに。

その店は、うちから歩いて5分くらいの近所にあるのだが、徒歩圏内というのは、なんといっても帰るのが楽でよろし。

最近は家飲みがほとんどで、外飲みは数ヶ月にいっぺんあるかないかくらいかと思う。

お互いな呑助なものだから、どちらかから声がかかると、ふらっ…と居酒屋さんへ気持ちが持っていかれる感じがある。

今、私はわりと節約へ向いているところがあって外飲みは控える感じなのだが、久々だった。

嫁も楽しく飲めたんだったらええなと。

「また誘ってな〜」と言っていたので、お互い、久しぶりの外飲み、満喫できたということで。

ごま豆乳なべ 2019年12月

冬と言えば鍋だ!…とまでは言わんが、寒くなってくると、ウチは、しょっちゅう鍋をやる。

とりあえず冷蔵庫にあるものをドカッと入れて煮込んだら、それなりに美味いし、なんと言っても楽チン。

具材だけで量が足りんようなら、うどんやラーメン、冷凍ご飯などをポイっと放り込めば、これまた美味しく満腹になれる。

シメを投入する前にすでにお腹いっぱいになった場合は、残った汁は翌日に持ち越し、本来は鍋のシメを翌日の食事に当てる。

いやはや、鍋という料理は、経済的にも環境的にも、エコだなぁ…と思う。

先日は、市販のごま豆乳の出汁で鍋をやった。

白菜やら豚肉やらドカドカ入れながら、調味料棚に、白ごまの小袋に少しだけ中身が残っているのを見つけ、どうせごま豆乳やし入れてまえ!と「ごま豆乳に、ごま投入!」とひと言。

嫁 「ん…?」

嫁が反応する。

私 「なに?」

嫁 「あなたにしてはめっちゃうまい」

私 「・・・」

嫁 「いつもはだいたいしょうもないけど、それはめっちゃうまいやん」

私 「そうか、ありがとう」

何か褒められて嬉しい私であった。

そうそう、嫁は結構ごまが好きなようだ。

あるとき、皿に入れたごまをスプーンで食べていたりする。

私 「そんなして食うもんなん、ごまって」

嫁 「うん!おいしい!おやつみたいな感じで
パリパリッていうのもおいしい」

どうやら、ごまを食べる音まで美味しく食うているような言い方で。

以前、嫁さんは魔女か?と書いたが、嫁は、音を食う妖怪でもあるのかもしれない。

ただ、ごまを食い過ぎると、顔をデキもんができやすくなる、というようなことも言っていた気がするので、ごま好きの方はちょっと注意されたし。

君に幸せあれ〜ってな

嫁は丑年、私は寅年。

ひとつ上の姉さん女房ということになる。

「年上の嫁さんは金のわらじを履いてでも探せ」という、諺?言い伝え?もある。

一般には「ひとつ上の」というのが主流となっているようなので、うちの嫁はまさに、これに該当するわけだ。

もちろん今の時代、わらじを履いて生活している人はほとんど見かけないし、私も、靴を履いているわけで、まして、金のわらじを履いて嫁さんと結婚するに至ったわけではない。

この諺に、どういう深い意味があるのかないのかよく調べてもいないが、全体的に、私の場合は、嫁さんと結婚して良かったなぁと思っている。

どういうところが?と聞かれても、はいこれ!と具体的に分かりやすい例を挙げにくいのだが、なんやかんやありながらも、うまいこといってるんじゃないか、という感じだ。

嫁も私も、昔よりはいくらかお互いに合わせる感じも出てきたかもしれないが、なんとなく、嫁が私に合わせてくれているような気がすることがある。

そして、ホントにそれでいいのかなぁと思ったりすることもある。

結婚したとしても、嫁の人生、私の人生であって、束縛や強制は、あるべきじゃないと思う。

一緒にいるということで、お互いが納得できるところ、落とし所を見つけようとしていくことになるんだろうか。

ただ、落とし所と言っても、妥協のようなものだと良くない気がする。

そうだなぁ、お互いの人生を合わせて、1人では成せなかった、新しい人生を作っていく、と言った方がいい感じかな。

川の小さな支流が、それぞれ紆余曲折くねくねしながら、合わさって本流となって一緒に流れていくような、そんな感じか。

嫁は、自分の人生を、そして、私と合わせた2人の人生をどう考えて、思って、感じているんだろうな。

金のわらじは履いていなかったけれども、出会って結婚して良かったと、私は思っている。

だからこそ、嫁にももっと幸せになって欲しい…なんて、月並みな表現だが、そういう思う。

さぁ、そして…

たまぁに、そんなことも思ったりするわけです。

奥様は魔女だったのです、か?

嫁が左手で飯を食っている。

しばらく気づかぬふりをしていたが、私の方が我慢できなくなった。

私 「何してんねんな?」

嫁 「ん?」

私 「いや、なんで左手で食うてんのな」

嫁 「あぁ、いつもと違う筋肉使おと思って」

私 「筋肉使うて…」

嫁 「うん」

私 「ダイエットとかじゃなく…」

嫁 「うん、ちがう」

私 「そうなんや…」

と、聞いてみたものの「いつもと違う筋肉を使う」という目的以外に、情報は得られずだった。

嫁はときどきそういうことをする。

こんなふうに聞いてみるのではあるが、どうにも、フワッとした感じというか、結論がないというか、少なくとも私がどこか納得できない感じで話が終わることがある。

私の腹におさまるように問い詰めるほどのことではないし、当の嫁は「いつもと違う筋肉を使う」ということ以外の理由はなさそうなので、ほとんど掘り下げることはないのだが、とにきあんまりしつこく聞くと、

「どこが気になんの?」

「それの何が面白いん?」

という感じで、質問しているこっちがおかしいのではないかと思わされる。

新手のディベート戦略、あるいは、ちょっとした忍法か魔術、とでも言えるもののようでもある。

私の奥様は魔女なのかもしれない?

消費期限を目標に

嫁が、スポーツクラブの株主優待券を、順調に消費しているようだ。

ここ数週間は、火曜日が「体育の日」と設定しているようで、昨夜の寝しなにそんなことを言っていた記憶がある。

勤め先から帰宅して、思い出して何の気なしに聞いてみると「行ったで!」とのこと。

なぜか私も「おーよう行った!」と答えた気がする。

もともと私ら、いわゆる体育会系で育ったようなところがあるんで、目標に向かって頑張る、という性癖は、少なからずある気がする。

もしかすると、嫁の方が徹底している感じもあって、今回のようにちょっとした達成があると、私も少し、感動というとかなり大袈裟だが、お!と思わされるところがある。

中年になって、運動する機会があまりないんで、ものぐさな?嫁が、すぐに必要とされないが、たぶん大事なこと、と思われる、運動しに行くというのは、私的には評価に値するという感じか。

本来は、行きたくて行くものだが、優待券を消費するために行く、というのもどうかという意見もあるが、そうでもして運動することも、時には必要ではないかと思う。

必要と思うことも人それぞれと言えども、分野によっては、少々プレッシャーに感じるようなことでも、ある方がいいのかもしれないなぁと思う。

嫁のことばかり面白がって書いているが、私にも同じように言えることだよなぁ。

私なら、週末に買った食材を、食べずに捨てることになるともったいなくて落ち込むので、もし、その日食べたくないものでも、なんとか消費しないといけない…と思う感じだろうか。

そのあたりの感覚のすり合わせは、私らが生きている間の、晩酌などで理解を深めて行けばいいのかなぁ。