肉もりそば

蕎麦屋で卵をいつまでも混ぜてるおじさんにハマっていた

私「今日の昼飯どうする?」

嫁「あーどうしよう♪」

私「あそこのそばとかどない?」

嫁「あ、そうしよ!」

ということで、ちょくちょく行く蕎麦屋さんに向かった。

嫁はぶっかけ蕎麦のあったかいの、私は柚子鶏そばの大盛り、ほぼいつも通りの好きなメニューと、天ぷらを足す。

さて食おか、頂きます。

しばらくして、何やら二軒隣くらいから、かちゃかちゃと、何か混ぜるような音が聞こえ出した。

ふと、その方向を見ると、嫁が下を向いている。

どうしたんやろう…と思いつつ、えらい長いことかちゃかちゃしてるなぁと、二軒隣を見てみると、卵をひたすら溶いているおじさん。

どうやら、初期から卵を溶いているおじさんの音を聞いていた嫁が、ハマってしまったようだ!ということは、直感的に理解した。

私「うん、分かる」

嫁「喋らんといて…」

私「…」

嫁「あかん…泣けてきた…」

嫁の顔は赤く熟れ、目尻からは涙。

さすがの私も、ここで追い討ちは酷かもしれんと、控える。

まるで、ボクシングの試合である。

嫁「ちょっと落ちつかして…」

いや、私は二軒隣の人の卵溶くのが長いなぁと思うだけやが、お隣の嫁はキツかったようだ。

涙する嫁。

いじりたいが我慢する私。

いやぁ…戦いというのは、奥が深いものだなぁと、改めて思うのである。

先見の明

嫁の感覚は、鋭いところがあると思う。

私がモワモワ…じゃなくて、何となくモヤモヤしてて話をしたときに、ふと嫁が言ったことが、すとんと私に入ってくることがちょくちょくある。

何か、形からじゃなく、彼女の持ち前の?感覚のところから出てくる?言葉とか雰囲気とかに、時々救われているところが、少なからずあるように思うのだ。

そんなことをまじまじと嫁に話したことはないと思うが、酔うたノリで?そんな感じのことを話していたときやったか、

私「あぁそういや、中学くらいのときから、ダウンタウンが面白いなぁと思ってた言うてたなぁ」

嫁「うん、なにこの人ら、オモロ!って」

私「要するに先見の明があるんやろうなぁ」

嫁「分からへんけど、面白いなぁと思ってたらどんどん有名になった」

私「それ、先見の明と言えるんちゃうん?」

嫁「それは分からんけど面白かったし…」

私「俺と結婚することにしたのも、そういう先見の明が働いたんやろうなぁ」

嫁「そうかも。最果ての地」

私「え、ちょっと待ちいな。『最果て』て、その言い方やったら次がないやないかい」

嫁「あはははは!」

私「『あはははは!』やないで…。俺との生活でも次の展開も見ようやぁ…」

嫁「あはははは!」

というやりとり。

嫁は、鋭いというか、裏表がないというか、天真爛漫というか、また、一緒にいて、楽しくもあり、もちろんギクシャクすることもあり、なんやかんやで、交際からすると30年ほど、やって来れているんですなぁと、ふと。

I’ll take you just the way you are〜♪ とかなんとか言うて。

嫁の「先見の明」が、吉と出るか大吉と出るかは、2人次第なのです、ということで。

早く大人になりた〜い

最近でこそあんまりなくなったと思うが、私は結構前から、早く大人になりたい、と思っていた。

「早く大人になりた〜い」言うて、妖怪人間、ベム、ベラ、ベロの「早く人間になりた〜い」でもあるまいしねぇ。

嫁に対しても、ときどきそういうことを口にしていた時期もあったか。

なんだか自分がいつまで経っても根無草というか、フワフワしているというか、地に足がついていないような、そんなふうに思うところがあって、しっかりしたい、ちゃんとしたい、そして、大人になりたい、という感じか。

あるとき、なんの話をしている時だったか、

私「あぁ大人になりたいわぁ」

嫁「どういう意味?」

私「なんかしっかりしたいというか…」

嫁「大人ってなに?」

私「あ、なんやろ…ちゃんとしたいというか…」

嫁「あんまりヨシらしくないわ〜」

とか何とかやりとり。

言われてみれば、私はどうなりたいと思っているんだろうと、改めて考えさせられたのであった。

年を重ねていくと、もう少し自分は、(何だかわからないが)大人になるもんだと思っていた感じなんだが、いつまで経っても、良くも悪くも、ヨシオはヨシオであって、タマコはタマコなんだよなぁと。

あ、そうそう、「吉と出るか、大吉と出るか」を応用すれば、いつまで経っても相変わず、良くもすごく良くも、ヨシオはヨシオ、タマコはタマコなんだよなぁと。

はっきりとした答えが出ないことを、あれこれ考えるクセがある私だが、ときどき嫁と話をすると「ま、ええか」とほぐれたり、妙に納得する意見が聞けたりすることがあるのだ。

ん?

大人というのは何たるか、は置いておいて、私が、しっかりしたい、ちゃんとしたい、と望むことは、ヨシオらしくないと?

今のままでOKという解釈で…

小鳥とゴリラの夢

先日嫁と夢の話をした。

寝てるときに見る夢の方だ。

そのときの私の夢は、結構な大作やったんやが、ある場面で、白い小鳥が近くにやってきて、私の近くをぱたぱたと飛んでいるかと思うと、鼻の先に止まった。

寄り目にして見てみると、ニコちゃんマークみたいに笑っていて、隣にいた嫁に「ほら、笑ってるわ」と言った、というもの。

その朝は私の方が先に起きていて、小鳥が笑っとったなぁと思い出しつつ、ぼつぼつ嫁も起きてもええかと寝室に行き、まだ寝ている嫁のこめかみにくっつき、その感触を愛でつつ、耳元で話した。

私「小鳥が飛んできて、鼻の先に止まったんやけど、ニコちゃんマークみたいに笑ってたわ」

嫁「ふぇ…?あ、え…夢の話…?」

と、寝ぼけながらの反応があった。

雰囲気からしてまだ起きんなぁと思い、また今へ戻った。

しばらくして嫁が起きてきて、とくに何を話すわけでもなく時間が過ぎたが、昼?夕方になって、

嫁「今朝、なんか、鳥の夢見たって言ってたやん?」

私「あぁ、小鳥が飛んできて、鼻の先に止まって、見たらニコちゃんマークみたいに笑ってたんや」

嫁「アタシも鳥の夢見た!」

私「へぇー」

嫁「青い鳥がきて、口が笑ってて」

私「俺のんは白で、クチバシやったし、目が笑ってたわ。後から、黄色か黄緑の鳥も来たわ」

嫁「同時に鳥の夢見て、どっちも笑ってたんや。朝聞いたとき、えー私も見たー!って思ってん」

私「あの状態で覚えてたんや(笑)」

嫁「自分も見た!って思ってんけど、眠すぎて言えんかった」

同時に同じものの夢を見る、というのも、なんとなく面白いもんだなぁと。

話をしながら、なんかええことある予兆ちゃう?とお互いに話したのである。

そのあと、嫁は「流暢に関西弁をしゃべるゴリラも来た」と言っていた。

ゴリラ曰く「飼育員さんとしゃべって覚えた」らしい。

「嫁の漫画」

ある作品というか、創作されたものを見てどう感じるか、どう解釈するかは人それぞれでいいと思う。

音楽、絵画、映画、小説、陶芸、生花…、いろんな作品の形はあるけど、大なり小なり、作者の中の何かが表出されたものと言えるのかなぁと思う。

創作者が何らかの意図で創ったものが、全然違う解釈で受け取られるってことは珍しいことじゃない。

芸術作品とか言われるものは、いろんな解説や説明があったりするけど、それだって、それを解説してる人の感じ方であって、正しいとか間違ってるとかいうのはないはずだ。

それでもそういうのを見て「そうそう!共感!」となることもあるだろうし「なるほど、そんな見方もあるんやな」とか「は〜そう見ますか〜」とかいう風に見ると、それはそれでまた面白いもんだと思う。

ところで先日から、このプログに「嫁の漫画」というカテゴリーを新設した。

これまでは、私が嫁とのやり取りを書いた「嫁で雑記」「嫁で漫画」の2つだったが、『嫁「の」漫画』を追加して3つになった。

3つ目の更新頻度は未知だが、嫁が書いて、教えてくれた時にはアップしようと思う。

1作目は「ドライヤー君

ドライヤー君は、たまには髪以外も乾かしてみたいと考え、加湿器だろう、そこから出ている蒸気を乾かそうとしてみた。

が、実験結果では、蒸気は乾かない、というひとつの結論を導き出した、という物語だ。

そして、その結果が、良かったのか悪かったのか、望ましかったのかそうではなかったのか、といったことは、ドライヤー君の表情からは分からず、ただただ、そういう結論を出した、という結末である。

人間の子供が、無目的的に、何かを試しているような、そんな印象を受けるのである。

2作目は「座イス君

角度を変える部分がパキパキいうことは、本人が自覚しており、それをカバンか何かに話ししている。

自分がパキパキなることだけで完結している。

カバン君?は、パキパキいう、としか話さない座イス君に対しても、ちゃんと返事をしてあげていて、人が良さそうである。

双方の意思疎通ができているのかどうか定かではないが、険悪なムードは全く感じられない。

カバン君?に言うだけでは飽き足らず、最後は、独り言ともとれるような感じで、自分がパキパキいうことを改めて言っている。

座イス君は、良く喋る、いつも明るい性格なんだろうなと感じる。

そういえば、こういう人間のおっちゃんっておるよなぁと思う。

どういうんだろう、意味があるようなないような、シュールと言えるような言えないような…そんな感じがする作風でしょうか。

と、記念すべき「嫁の漫画」2作について、解説ではないが、感想を書いてみたのであった。