46th QUEST

私は、人の誕生日をはじめとする記念日のようなときのプレゼントに対して、どうも苦手意識みたいなものがある。

相手が何を欲しいのか、必要と思ってるものは何なのか、喜ぶものは何なのか・・・難しく考え過ぎるのだと思うが、よく分からなくなる。

例えば嫁が、カバンを新調したいというようなことを言っていたのを覚えていたとしても、私が選んで買うより、自分で気に入ったものを買う方がほぼ間違いなく良いと考える。

特に、いつも使うものだと絶対そうだと思うのだ。

付き合い始めのカップルなら、彼氏にもらったカバン、少々使いにくいとかがあっても、喜んで使うかもしれない。

いや、それでも私なんかは、やっぱりそういう使用頻度が高いもので、個人の好みのデザインと実用性が不可欠なものは、やっぱり本人が選ぶのがいちばんだと考える。

それなら、日によって替える?ような、アクセサリーなどはどうか。

そういうのも考えることはあるのだが「これ、君に似合うと思って…」と真顔で言えるようなタイプでもないし、人にこれが似合う、というような発想があまり出てこない。

そもそも、小物だって本人の細かい嗜好があるだろうと思うのだ。

いちばん現実的なのが、気に入ったものを買うお金をプレゼントすればいいと思うのだが、それはそれでアリだと思うものの、プレゼントらしくないよなぁという感覚は持っている。

そういう時は、メッセージカードとかに「カバン購入券」(あるいは金欠のときは「補助券」)と書いてプレゼントするようなことは、確か、やったことがあった気がする。

ところで、嫁の46回目の誕生日にやってみたのは、「46th QUEST」と題した宝探しだった。

メモ用紙に「洗面台の前に立つべし」とか「机の引き出しをチェックせよ」みたいな事を書いておき、それを順に進めていくと、隠しているプレゼントにあたどり着ける、というものだ。

品物は「プリングルスのオニオンサワー味」と「やわらぎ穂先メンマ(お徳用)」だ。

モノの価値よりもゲーム性を重視した、ということになるか。

朝起きた嫁は、枕元に「46th QUEST」と書かれた紙があるのを見つけ、

嫁 「あー!冒険の書がある!」

と、第一声。

もしかすると、枕元に置いていることに気づかないことも考えていたので、始めのステップはクリアした。

そして途中まで進んだときに、

嫁 「このページまで来たで!楽しいなー」

と、喜んでくれているようでひと安心。

着々とシナリオを進めていきながら

嫁 「あー、もうすぐ終わってしまうー、なんかもったいないなー」

と。

私 「進めてもらわんかったら余計もったいないがな…」

ということで順調に、2つのお宝をゲットして、最後に「おめでとう、これからもよろしく」的なメモ書きを見つけてゴール。

嫁は「楽しかったー」「またやってー」「いつ準備したん?」「結構大変やったんちゃう?」といろいろ聞いてきたが、喜んでもらえたのは良かったなと。

ふと見ると、涙している嫁。

私 「えー?どないしてん?」

嫁 「なんか、じーんときてもうた」

私 「そんなにメンマ好きやったかいな?」

嫁 「ははは、好きやけど…」

私 「あ、メンマがお徳用でデカめやったからか」

嫁 「メンマじゃないって…」

とチャカしつつも、途中で止まることなく進められる作りになっていて良かった。

こういうプレゼントのやり方なら、自分も遊びながら、かつ、私個人の経済力で出来て、私向きかもしれない。

相手の好き嫌いがあるだろうから、こういうのが喜ばれるかとうかは人によると思うが、プレゼントが苦手、どうしたらいいか分からない人は、モノ以外のことを考えるのもありかもしれない。

喜んでもらえたようなのでひと安心だ。

空想 離婚調停

以前、嫁が読んでた漫画で「うちの妻ってどうでしょう?」という福満しげゆきさんの作品のことを書いたことがあったと思う。

私は結構好きな漫画なのだが、主人公=作者の自虐的な表現もあって笑えるところがあり、その中で「こんなことしてたら離婚されてしまう…!」というのがある。

私もごくたまに嫁との会話の中で使わせてもらっており、嫁も多少なりとも笑ってくれる。

だが、離婚ということをよく考えてみたとき、すんなり行く(というのもなんだか寂しい気もするけど)場合もあるにはあるだろうけれど、大概は何かモメることが出てくるもんだろうと思う。

離婚でモメるとなると、裁判というのが連想される。

それ考えると、嫁は私と離婚したくても出来ないだろうと思うのだ。

場所は裁判所。

嫁 「私がいろいろやってるのに、いつもふざけて、もう嫌なんですよ! もううんざりなんです!」

裁判官 「どうですか?」

私 「いえ、いつも落ち着いて話そうと言っているのですが、こうやって大声でまくし立てるんで、冷静に話し合いができないんです」

裁判官 「どうですか?」

嫁 「いや!違うやん!今はそうやってちゃんとしてる風にしてるだけやん!外ではすましててウチではダラダラしてふざけてるやんか!」

私 (耳に手をあてて困った顔をする)

裁判官 「どうですか?」

私 「あ、すみません。彼女はこうやっていつも癇癪を起こしたようになって、でも、可哀想だと思うんです。私の度量がないのかもしれませんが、努力していこうと思うんです、それに…」

嫁 「違うやんか!私がまじめに話ししても聞かへんやん!」

裁判官 「静かに。少し旦那さんのお話を聞いてあげてはいかがですか?」

嫁 「…!」

私 「いえ、嫁に話させてあげてください」

嫁 「だからさっきから言ってるでしょ!いつも茶化して、なんの話してるか分からんようにするやんか!全然違う!」

私 「皆さんの前であんまり大声あげない方がいいよ、ウチに帰って1度ゆっくり話さないか?」

裁判官 「そうされた方がいいのかもしれませんね」

・・・

という展開を想定しているのである。

梅干しのくじ引き

しばらく暖かい日が続いていたし、お湯割りを飲む感じにはならなかったのだが、朝晩がかなり涼しくなってきて、あったまりたいなぁと思うくらいになってきた。

で、焼酎に入れる用に梅干しを購入。

甘いやつじゃないものを。

お、何かくじが付いているではないか。

懸賞好きの私としては、こういうのもちょっと嬉しい。

さっそくめくってみる。

しばらく眺めていると、嫁が見に来てひとこと、

嫁 「えらいおっきい字やね」

「ハズレやん!わはは!」と言わないのは嫁の気遣いなのか、普通の感想なのか。

嫁も俺も、楽しいことが好きなんのは一致していると思うのだ。

にわかにズレてもそれが楽しいのだと思うんだよなぁ。

リサイクルも気持ちよくがいいなぁ

リサイクルショップというのが出てきて久しいが、ここ何年かは、それこそデフレとか不景気とかいうことがよく言われ、リサイクルショップがかなりたくさんあるのを見かける。

類にもれず、私たち夫婦も、本やCDや、電化製品などを買い取ってもらいに行くことがときどきある。

先日は、嫁の実家から、不用品をいろいろと持って帰ってきて、買取屋さんを探して持って行った。

本などは自分たちがよく売っているのでどこがいいかと迷うことはないんだが、今回は、ゴルフクラブ、チャイルドシート、ぬいぐるみ、といったものだった。

小慣れてないないので、とりあえず持って行ってみようということで、本やCD以外もいろいろ取り扱っているブックオフの店舗へ。

すると、ゴルフクラブは、年式が古過ぎて値段がつかないが引き取ってはもらえる、そして、チャイルドシートは今は扱っておらず引き取ってももらえないとのことだった。

ゴルフクラブ、どうしようか迷った末、一応セカンドオピニオンを聞いてみようと、別の店舗に持って行くことに。

2店舗目はトレジャーファクトリー。

ゴルフクラブとチャイルドシートをカウンターへ持って行ったが、全く同じ結果だった。

ということで、ゴルフクラブは引き取ってもらい、チャイルドシートは残念ながら持ち帰り。

感じのいい店舗だったんで、引き取ってもらえるものがあっただけで良し、だ。

チャイルドシートを扱っているところがないかと探すと「他店で断られたものも持ってきてみて」というようなフレーズがある店舗を嫁が見つけてくれた。

いざ持って行ってみたのだが、結果は残念。

というわけで、その日は2人して玄関先でゴミ袋に入るくらいにえっちらおっちら解体して、燃えないゴミの日を待つことになった。

数日後の晩酌で、そのチャイルドシートの話になったときぽろっと。

嫁 「最後に持って行ったところ『こんな古いもの』とか『汚れもあるし』とか、なんかヤな感じやってん…」

私 「そうなん?なんも言わんかったし分からんかったわ」

嫁 「うん」

私 「感じ悪かった!とかもそのとき言わんかったな」

嫁 「その場でイヤな気持ちになったから、そのあと話してまたイヤな気持ちになったらもったいないと思って…」

私 「俺も店入ればよかったな、すまん」

嫁 「大丈夫、でもそんなん言う?って思ったし、なんかモヤモヤしたし喋れて良かったかも」

私 「俺らが商売してもそういう対応せんとこうって思うなぁ」

嫁 「ほんまやなぁ」

聞いてて、私もどうもすっきりしないのだが、嫁のこういう、切り替えようとする姿勢は、偉いというか、感心するというか、見習っていいところかなぁと思うのだ。

また思い出させたら可哀想やし、風化するまで話しないでおこうかなとも。

それにしても、リサイクルショップの店員さんがそんな感じの対応してたら、それがその人にリサイルされて同じような目に合いよるで…。

それよりなりより、もうそこには持って行かんとこうと思うよなぁ…。

「喜びは倍、悲しみは半分」

夫婦でいることの意味は何か?

いろんな答えがあるんだろうなと思う。

好き合った人が一緒に暮らすということ自体は、何も不思議な感じはしない。

でも、ある程度一緒にいると、お互いにわがままも出るだろうし、気に入らないことも出てくるはずだ。

すれ違いがあったりケンカしたりしながらも、一緒にいるというのはどういうことなのか。

なんの話からそうなったのか覚えていないが、

嫁 「『喜び倍、悲しみ半分』って言うよね」

私 「言い得て妙というか、ええ考え方やんなぁ、そうでありたいと思うわ」

嫁 「ほんまやなぁ」

私 「2倍か1/2から知らんけど、俺らはその方向で出来てる気はするんやが」

嫁 「いいじゃん」

私 「逆やったらかなりいややなぁ」

嫁 「喜び半分、悲しみ倍…」

私 「独りの方がええってなると一緒におる意味ないもんなぁ」

いろんな夫婦があるし、望む望まずに関わらず、生涯独身の人もいる。

不幸せな夫婦もあるだろうし、幸せな独り身というのもあって当然だ。

いま私ら夫婦は、上手いことやれていると、少なくとも私は思っているのだが、過去には、離婚という形を考えたかどうかは分からないが、離れることを考えた時期があったのだ。

たぶん、ココは良い、ココは良くないと、小さなことがいろいろあるとしても、総合的にプラスになっていることで「喜び倍、悲しみ半分」という結果になっていたらOKということなのかもしれない。

相手に対して、好きなところ、リスペクトできる部分がある、また、相手がいることで助かっていることなど、それらを集めたときに、2人でいることのデメリットよりも多いから、一緒にいるんだろうと思う。

いや、ごちゃごちゃ書くつもりはなかったんだが「喜び倍、悲しみ半分」というフレーズええなぁと。