野球ゲーム 2022.03

皆さまはご存知でしょうか。

嫁に聞くと「野球ゲーム」と答えるのだが、正式名称なのか。

どういうのかと言えば、

2人それぞれが適当に4桁の数字を決めて、それをお互いに当てていくゲーム。

例えば、私が、7481、として、嫁も任意の4桁を決めており、それぞれは相手の数字は分からない。

そして、嫁が先攻として、私が決めた数字を当てにかかる。

嫁「2468」

私「1ヒット1ポール!」

順番が当たっている数字はヒット。

順番は違うが入っている数字はボール。

これを繰り返しながら、相手の数字と並びを当てていくゲームである。

同じ数字は入れないとすると、

10×9×8×7=5040 通りになるの?

だんだんと絞られてくるんで、それだけの回数を繰り返すことはないが、ちょっと時間がある、長時間の電車とか、暇な時なんかには、結構楽しめる。

このゲーム、どちらかというと、嫁の方が強い感じだ。

嫁はかなり得意な印象で、得られた情報を的確に精査して、無駄なく次の一手に反映させている感じがする。

一方の私は、初めの方こそちゃんと分析するものの、途中で面倒になってくる感じがして、荒くなってくる。

だいたいが嫁の勝ち、となることが多いように思う。

ところで、先日なんの時だったか、これを、五十音でやってみようかという話になった。

ということは、50×49×48×47通り、すなわち、500万以上、数字の場合の1000倍以上のパターンがあることになるのではないか。

それでもまぁモノは試しとばかりにやってみようと。

〜中略〜

結局、これも嫁の勝利に終わったんだったと思うが、1時間もかからずに決着したんではないか。

ちなみに、それぞれが決めた文字はというと、

「メラウホ」「ソムヘチ」

であった。

結構前の話なんで、この記事を書いているときに、嫁に、どっちがどっちを決めたんだったか聞いてみたが、

嫁「え〜、ちょっと分からへん!」

とのこと。

私も覚えていない。

にしても、意味のない文字を並べると、面白い響きになるんよなぁと、2度おもしろい、という感じ。

「メラウホとソムヘチ」

童話か昔話か、何かのキャラクターにも思えてくるが…。

もし、何もすることがないというご夫婦、または、脳トレ的な頭の体操、あるいは、子供さんの集中力?思考力?分析力?アップ?に、野球ゲーム?をやってみるのもよろしいのでは?と思います。

20年勤続間近によせて?

嫁48才、私47才。

結婚して20と数年。

そして、私は、今の勤め先で、この春で勤続20年になるようである。

昼休みにふと、

「20年かぁ…」

と思った。

よく、三十路やとか、アラフォーやとか、年のことで言葉遊びみたいに言うことがあるが、そういうネタみたいな感じじゃなく「20年」という時間に、しばし思い耽ったのである。

嫁にとっての20年、私にとっての20年、そして、一緒にも過ごしてきている時間としての20年。

長いのか短いのか。

これを書いている時点では、あっという間って感じか。

もっといろいろ出来ることがあったのかもしれないという思いもありつつ、それなりに楽しくやってきている感じもある。

しかしですよ、次の20年が過ぎて、無事二人とも生きていれば、70才手前なんだな。

あんまり変わっていない二人が想像できるが、今のうちにお互いにやれること、いっぱいやらないと!なんて思うのである。

今晩、飯食うときにでも、ちょっと、そんなことを思ったよと、話しかけてみようかな、なんて思っている、帰宅電車なのだった。

おせち 2022

2022年、令和4年、今年の正月は、嫁と2人して、ウインドブレイカー着て、初詣するという、いつもと違う始まりだったなと。

気づけばもう3月じゃないか。

今年の第1クォーター最後の月というわけですな。

カメラロールをパラパラと見ていると、今年の正月は、冷凍で届くおせちの重箱を頼んだった。

些細なことやが、何やら結構、いつもと違うことしてるんかなぁなんて思いましてね。

品数の種類も多くて、結構楽しめたんでおすすめですわ。

そうそう、去年に頼もうと思ってたようで、嫁が注文しようと思ったら、全部売り切れやったらしく、今年は早めに注文したようだ。

ちなみに、去年のおせちのことは漫画にしてたみたい。

2021年のおせち

こうして残してるのも、悪くないもんだなぁと改めて思ったりも。

ふと、そんなことを思いつつ、スマホいじりながらの、仕事帰りの電車でありました。

過去のメモ 2022.02

「私が死んだら、嫁のことが気になったときに、化けて出ることができるだろうか。

無理に出ると、怖がられるかもしれないか…

だったら、気づかれないよう見守っているのがいいのかもしれない。

でも、俺からは会っているつもりでも、嫁がもし仮に魔がさして、会いたいと思ってくれたときにも会えてないことになるなら、やっぱり私も死なない方がいいんやろな。

いや、だったら一緒に行けるとこまで一緒に行こうや、なぁ。

酔っ払いの独り言や」

…と言うことを私は過去に書いた日記が残っていた。

続いている嫁のジョギング

新型コロナのこともあり、しばらく運動らしい運動をしていないということで、ふと走りに行こうと思い、嫁を誘ってみた。

私「オレ、走りに行ってくるわ、どうする?」

嫁「うわぁー!!う〜!イグ…ッ!」

ということで、面倒臭さとの戦いに打ち勝ったようで、一緒に出かけることに。

それが昨年の暮れの出来事。

その流れで?今年の初詣は、前に書いた通り、ジョギングしながら神社へ行きお参り。

驚きなのは、なんと年が明けてからというもの、嫁は毎朝ジョギングを続けているのである。

私は隔週に1度くらい…?

今年の嫁はひと味違う、といったところか。

1月が終わった頃には、

嫁「1月はランニングが続いたから、2月はストレッチを続けてみようと思う」

とのこと。

走るのは2月に入っても続けている。

嫁は、頑張り屋さんであることは間違いないと思うが、どちらかというと、同じことを繰り返してやることが得意な方ではないと思う。

飽きっぽいというのとはちょっとニュアンスが違う気がするが、いろいろと始めることの方が得意、という感じか。

相対的に言うと、私はわりと同じことを淡々と続けていけるタチだろう。

人が何かをするのって、たとえば毎日走るということでも、嫁がするのと私がするのとでは、印象が違う。

そんな嫁が毎日走っている。

これは、私がやるよりも、大きな変化だという感じがする。

あと、私は「頑張って続ける!」という感じがあるが、嫁にはそういう堅さというか、頑張り感があまりなく、今は「走らんかったら気持ち悪い感じになってきた」というふうである。

頑張らないと…!というスタンスでは、むしろ嫁は続かないのだろうと見える。

それにしても、普通にジョギングが続けられているというのは、えらいもんだなぁと思うのである。

キッカケは、年末に私が誘ったことだと言っているが、何が変化を起こすのか、分からないものだなぁと。

なににせよ「毎日走っている」ということ自体に「ほほぉ〜」と思うし、そこに「嫁が」とつくんで、これまた「ほほぉ〜!」と思うのだ。

もうひと月以上継続しているのだが「嫁が毎日走っている」というフレーズは、私にとっては「え…?」と、2度見?聞き返してしまう?ような出来事なのである。

無理せんと、気持ちよく続けられるのであれば、とてもいいことだよなぁ。

嫁「ある日突然、走らんようになるかもしれんけどね!」

とのことだ。