嫁と結婚したのは20世紀の暮れ、2000年だった。
高校時代で知り合ってからの交際は9年ほど続いたわけだが、その間には、離れたりしたこともあったが、なんだかんだで一緒になった。
嫁とは、結婚前にざっと1年ほど同棲をしていたことがある。
両親には「籍入れたら?」というようなことは言われたような記憶もあるが、別に、籍を入れないつもりもなく、単純に「一緒に住もう!」ということだけしか頭になかったと思う。
親からするとそりゃあ多少なりとも心配事はあるんだろうな。
同棲していたのは、総戸数8戸ほどで築40年くらいは経っていたであろう文化住宅で、なかなかの昭和感が出ていた建物だった。
ふたりで不動産屋を巡って部屋を探したのだが、家賃の上限とか決めていたのかどうか覚えていないが、不思議とお互いに、最新設備とかおしゃれなところ、という発想はなかったようで、古い文化住宅に落ち着いた。
玄関の引き戸をガラガラ~っと開けて、靴を脱いだらすぐに畳の居間に上がる感じ、おそらく、8畳が2部屋、板張りの台所があって、風呂とトイレ別、という間取りで、家賃33,000円にしては広かったこともそこに決めた理由のひとつだったろうと思う。
あと、たしか嫁がその部屋に入ったときに「おばあちゃんちみたい、広いしいい感じ」と言っていたような気がする。
駐車場も10,000円で借りていて私はかつての職場へは車で通勤していた。
嫁は電車でアルバイト先に向かっていたと思うが、最寄り駅までは徒歩20~25分の坂道で、嫁は結構大変だったろうなぁと思う・・・
家賃と駐車場代43,000円は、毎月、敷地内の大家のおばあさんの住んでいる家に行ってハンコを押してもらう、という感じだった。
そんな昭和な文化住宅で1年くらい暮らしたわけだが、その当時は、私も嫁もよく遊んでいた気がする。
どういうわけだったか、嫁の友達がうちに泊まりに来たりして、嫁が不在なのに、複数人の女性が私と一緒に寝ているという、話だけ聞くとアカンやろ・・・という状況もあったなぁと思い出す。
便利であること、裕福であることに越したことはないけれども、環境がどうであれ、なにかと楽しく暮らせるということは、とても大事なんだろうなと改めて思う。
順番を間違えたらアカンよなと。
そうそう、そんな感じで住んでいた文化住宅を思い出していたら、ふと、カラテカ矢部太郎さんの「大家さんと僕」を思い出した。
我々の当時の大家さんは、20年前で70歳を超えていたと思うのだが、今でもご健在だろうか、なんて思う。