文化住宅での同棲2

結婚前の同棲時期に住んでいた文化住宅。

それこそ、壁が薄いとか云々というのは、当たり前だったはずだ。

しかも、私は、大学までずっと実家から通学していて、会社員になってからは会社の寮に入っていたため、一般の賃貸住宅に住むというのが、嫁との同棲が初めてだった。

会社の寮に入るだけでも、独り暮らしのワクワク感は大きかったのだが、それこそ、好きな人と一緒に暮らし始める、となるとそりゃテンションも上がるだろう。

当時は、嫁、私とも、よく友達と飲み歩いたもんだ。

嫁の友達と、私の友達で、男女10人ずつくらいのコンパを段取って、くっついたり離れたりしたカップルもいたっけ。

我々夫婦ともども、そんなにギャーギャー騒ぐタイプの遊び方はしない方だと思うが、それなりに夜も遅く帰宅したり、朝帰りしたりということはしょっちゅうあった。

ところで、住んでいた文化住宅の下の階の部屋には、朝の新聞配達の仕事をしているおじさんが住んでいた。

そのおじさん、スキンヘッドのサングラスというのがいつものファッションで、見た感じはいわゆるとてもコワイ人だ。

ある夜、いつものように飲み歩いて帰って、私の友達がひとり泊まりに来ていて、なんだかんだと世間話をしていた。

騒いでいるつもりはなかったんだが、やっぱり深夜の話声というのは響いてしまうのだろう。

外から 「何時やと思うとるんや!静かにせい!こっちは朝早いんや!ええ加減にせんかい!!」 といった怒鳴り声が聞こえてきた。

あちゃ…と思い、友達も嫁も私も、肩をすくめて黙った。

ちょっと出ていく勇気もなく、その晩はひそひそ話しつつ静かに過ごした。

翌朝、友達は帰り、家で嫁とうだうだしていると、「ブー♪」と呼び出し音が鳴る。

「もしもし、おはようさん!」

引き違いのガラス扉の向こうには、明らかに下の階に住む、昨日の深夜、怒鳴っていたおじさんの姿がある。

私は気が負けていて居留守にしようかと思いつつ、嫁の方へ向かって「出てみて…!」というジェスチャー。

嫁は「え~!」という顔をしつつも、玄関の方へ行き、扉をガラガラ~。

私は玄関から見えない隅の方へ引っ込み、様子を伺っていた。

おじさん 「昨夜は大声出して悪かったな」

嫁 「すみません」

おじさん 「ワシも田舎から出てきてなぁ」

嫁 「ええ」

おじさん 「そんな怒っとるわけやないが、朝が早い仕事やから寝られんときついしな」

嫁 「はい」

おじさん 「はいこれ。ほな」

嫁 「あ、ありがとうございます」 ガラガラ~

・ ・ ・

おじさんには女子が対応することで、多少なりとも牙をおさめてくれるかも、という私の狙いは的中したかもしれない。

いや、嘘だ。

私は出ていく勇気がなかったので嫁に行かせた、というのが正しい表現かもしれない。

嫁は、牛乳や菓子パンのはいったコンビニの袋を持って戻ってきた。

嫁 「牛乳とかくれた・・・」

直接、私たちの部屋に訪ねて来はったのはその一回だけだったと思うが、この一件の前後にも、

おじさん 「夜にうるさい!何とかならんのか!」

大家さん 「若い人らやから許したりぃな!」

という2人の大声の言い合いを聞きながら、部屋で肩をすくめていたことも何度か…。

そんなことがありながらも、1年近くそこに住んでいたのだから、楽しい方が勝っていたのだろうと思う。

若さだろうか。

おじさんには、ちゃんと謝ったのだったか。

今さらながらですが、すみませんでした。