レーズンの買い置き

私は普段だいたいコンタクトをつけている。

メガネをつけることもあるが、何だか目が疲れるのと、目の前に物体があるのが、どうも鬱陶しい感じがする。

コンタクトも、朝晩付け外しするのは面倒だし、目にゴミが入ったときなんかは厄介なんだが、総合的にはコンタクトで過ごす方が、自分にとってはメリットが大きい気がしている。

ところで、コンタクトは、2週間の使い捨てのものを愛用している。

それは、どこかで落とす、無くす可能性があることを前提に、数万円かけたコンタクトを紛失することを考えたら、使い捨ての方が気持ち的に楽だということと、衛生的にも使い捨ての方がいいのかな、ということでそうしている。

20年くらい前までは、1日使い捨てのものを使っていたが、2週間のものの方が割安になるとのことでそうしたのだったと思う。

いずれにしても、洗浄液、保存液といった消耗品も必要になるので、メガネだけの方がコスパ的にはいいのだろうけれど。 洗浄液、保存液としては、どちらも共用で使える、レニューというのを買っている。

だいたい1ボトルは、洗面台の下にストックしてあるのだが、あるとき、それがないことに気づいた。

洗面台のところにかがんだ状態から、少し離れたところにいる嫁に聞こえるように、

私 「おーい、すまんけど明日レニュー買っといてくれん?」

嫁 「え~?なに?レーズン?」

私 「いや・・・レニュー」

付き合い出して9年、そのあと結婚してから19年経つが、この28年間で、私がレーズンを買ってきて欲しいと頼んだことは一度もない。

別に嫁をとがめているわけじゃあない。

このやりとりで思ったこと、それは、嫁は長年、しょうもない私の話を聞かされ、中身のない会話をさせられているはずなのに、それでも、私の言ったことを、思い込みで会話をするのではなく、自分が聞こえたままにインプットしてくれているのだろう、ということだ。

人って、慣れてくると、だいたいこの人はこういうことを言うだろう、とか、この人の頼み事だったら、何となく聞き覚えのある母音から「あ、レニューだな」と、想像で聞き取るようなことをしてしまうものではないか?

良かれ悪しかれ、過去の経験によって作られてしまう、フィルターというか色眼鏡というか、そういうものを通して解釈しようとするところがあるのが一般的ではないかと思う。

もしかすると嫁は、そういった、フィルターを通して聞く、色眼鏡を通して見る、という機能の働きが極めて少ないのではなかろうか。

そうでないと、私のつまらんイジワル、イタズラに、ほぼ毎回引っかかるという事実が説明できない。

さすがに頻繁に繰り返しているイタズラに対しては、

嫁 「もうその手にはのらへんで!」

とか、

嫁 「今なんか口元がイタズラしたろうって感じやったで!」

と言って気づかれることもあるが、それでも、時間さえおけば、

嫁 「やられたー!あははは!」

とか、

嫁 「なんやー!わざとやったんかー!フフフ」

と見事に引っ掛かってくれる。

もしかすると、私を喜ばそうとしてくれているのかもしれないが、もしそうだとしたら、 なんかの主演女優賞をとれるレベル演技力ではないかと思う。

ストレート、シンプル、おおらか、ということで一応の説明はつきそうに思える。

何の話か分からんようになったが、そうそう、私はどちらかというと、声を張って喋るタイプではないので、頼み事するときなどは、出来るだけハッキリと伝えんといかんなぁと思う。

あのとき私が訂正せずに、嫁にはレーズンと聞こえていたままだったら、嫁は「なんでレーズン?」と私に確認することなく、

「珍しいなぁとは思ったけど何かに使うんかなと思って」

と、大量のレーズンを買ってきかねないのだ。

いつもどおりのレニューの買い置きのつもりが、一歩間違えていたら、レーズンの買い置きを始めることになっていたかもしれなかった。

食器洗い乾燥機

うちの台所には食器洗い乾燥機が備え付けてある。

いまの家に住み始めて初めて、食器洗い乾燥機というものを使い始めた。

やっぱりそれなりに便利で重宝している。

ただ、細かいことを言うと、たとえば、ビールを飲んだコップをささっとゆすいで入れて、洗浄、乾燥が終わったものに、ビールが入っていた水位のところに、かすかに線上に跡が残っていたりすること結構ある。

考えてみると、食器をざーっと並べて、下から水を吹き上げつつ洗うというメカニズムだが、実際にこすって洗っているわけではないので、そういうこともあるんだろうと思う。

本当なら、ブラシ的なモノがあちこち動いて洗ってくれる形だと、手洗いに近づくのだと思うのだが、ブラシの手入れや劣化、衛生上の課題も考えないといけないだろうし、洗う食器の並びがいつも一定ではないなど、いろいろと難しそうだ。

だいたいスタートさせるときは、お互いに(とくに私は)酔っ払っていることがほとんどだが、どちらかが食器を並べて、スタートボタンを押す。

乾燥の終わった食器を食器棚に戻そうとしたときに、ときどき、洗剤がくっついてしまってい皿があったり、茶碗が上を向いていて水が溜まっているものがあったり、菜箸が飛び散っている姿が散見される。

私は「ははぁ~ん」と思い、嫁に言った。

私 「食洗器に食器入れてから洗剤いれてへんか?」

嫁 「え?そうやったかな、なんで?」

私 「いや、この食洗器、下から水が噴き出して、水を当てて洗う構造になってるやろ」

嫁 「そうなんや」

私 「そやから、食器の上に洗剤がのってたら、そこには水がちゃんと当たらんことがあって、洗剤が残ってまうんや」

嫁 「へぇ~」

私 「だから洗剤は食器入れる前に入れるか、後入れでも食器の上にのらんように入れる方がええわ」

嫁 「ほぉ~」

私 「あと、菜箸なんかは、入れた後に上から皿とか置いて押さえとかんと槽の中で暴れるで」

嫁 「たまにカタカタいうてる~」

私 「ほんで、食器の凹になってる部分が上を向いてると、そこに水が溜まってまうから、凹の面がちょっと下を向く感じで食器を並べた方がええわ。真下に向けると、たくさん置けんし反対面に水が溜まってしまうから、凹の洗いたい面を斜め下にするのがええやろな」

嫁 「いろいろ難しいんやね」

・ ・ ・

おそらく嫁が理解したことは、食器を入れる前に洗剤を入れるようにしましょう、ということだけじゃないかと思っている。

嫁は、家電などの使い方に疎いわけではないはずで、テレビの録画を始め、パソコンやスマホの設定などは、私の方が苦手で、いつも嫁にやってもっている。

ただ、その機械がどういう理屈で動いているかといったことには関心がない、ということなのだろう。

あと、書きながら思ったが「小言の多い姑さながら、俺、めんどくさい奴やな…」とも…。

日々の些細なことに、お互いの性格が見え隠れするもので、それも楽しめるといいなぁと。

日々の些細なことの中に、お互いのちょっとした性格が見え隠れするのであった。

肉球

嫁はよく寝る。

車で出かけている時に、少し会話が途切れただけで、気がつけば寝ているということは常だ。

思い返せば、嫁のお父さんが「どこででも寝られるようには育てた」と、冗談交じりに言っていたが、嘘ではないようだ。

私は、血液型占いなどもおおよそ信じないタイプだが、いわゆる、O型の性格と言われている感じはあるのかもしれない。

「O型 性格」と検索してみると、O型女性は、下記のような性格とのことだ。(引用「TABI LABO」)

1.明るく社交的な性格
2.物怖じしない大らかな性格
3.裏表がない率直な性格
4.基本的に楽観的な性格
5.特定のこだわりを持つ性格
6.もともとリーダー気質がある
7.家族を大切に思い、親兄弟を大事にする
8.物の考え方がシンプルで明快
9.片づけや整理整頓が苦手
10.人の好みがはっきりしている
11.アネゴ肌で頼られる存在
12.みんなのムードメーカー

言われてみると、そんなイメージはあるかなぁなんて思う。

そうそう、ところで、よく寝るというのは、睡眠をよくとるのもそうだが、就寝ではない時間帯にでも、ソファーで寝ていたり、静かだなと思ったら隣の部屋の床に仰向けに寝ていたりする。

ときには、寝ようとしているまさにその瞬間に私が気づいたら聞いてみるのだが、

私 「こんな時間に仮眠したら夜に寝られんようになるで」

嫁 「それが私は大丈夫やねん」

とのこと。また、

私 「こんな時間に寝たら夜明け前に目覚めてまうやろ」

嫁 「いや~それはないねんな~」

ということだ。

ところで、ソファーや床でウトウトしているのを見ると、何かしたくなる。

そこでここ数年やっているのが、嫁の足の指のつまんだり、足の指のハラの部分をつんつんとつついたりする。

たまに気づいて「え…?なに…?」とか口を開いたり、寝返りをうって「むにゃ…」と言ったりするのを見て、クックック…と遊んだりする。

私 「あんた寝てるときは、肉球触り放題やからええわ」

嫁 「肉球…」

最近は「肉球」という呼び方に慣れて、何も反応しなくなっている。

嫁はよく寝る。

文化住宅での同棲2

結婚前の同棲時期に住んでいた文化住宅。

それこそ、壁が薄いとか云々というのは、当たり前だったはずだ。

しかも、私は、大学までずっと実家から通学していて、会社員になってからは会社の寮に入っていたため、一般の賃貸住宅に住むというのが、嫁との同棲が初めてだった。

会社の寮に入るだけでも、独り暮らしのワクワク感は大きかったのだが、それこそ、好きな人と一緒に暮らし始める、となるとそりゃテンションも上がるだろう。

当時は、嫁、私とも、よく友達と飲み歩いたもんだ。

嫁の友達と、私の友達で、男女10人ずつくらいのコンパを段取って、くっついたり離れたりしたカップルもいたっけ。

我々夫婦ともども、そんなにギャーギャー騒ぐタイプの遊び方はしない方だと思うが、それなりに夜も遅く帰宅したり、朝帰りしたりということはしょっちゅうあった。

ところで、住んでいた文化住宅の下の階の部屋には、朝の新聞配達の仕事をしているおじさんが住んでいた。

そのおじさん、スキンヘッドのサングラスというのがいつものファッションで、見た感じはいわゆるとてもコワイ人だ。

ある夜、いつものように飲み歩いて帰って、私の友達がひとり泊まりに来ていて、なんだかんだと世間話をしていた。

騒いでいるつもりはなかったんだが、やっぱり深夜の話声というのは響いてしまうのだろう。

外から 「何時やと思うとるんや!静かにせい!こっちは朝早いんや!ええ加減にせんかい!!」 といった怒鳴り声が聞こえてきた。

あちゃ…と思い、友達も嫁も私も、肩をすくめて黙った。

ちょっと出ていく勇気もなく、その晩はひそひそ話しつつ静かに過ごした。

翌朝、友達は帰り、家で嫁とうだうだしていると、「ブー♪」と呼び出し音が鳴る。

「もしもし、おはようさん!」

引き違いのガラス扉の向こうには、明らかに下の階に住む、昨日の深夜、怒鳴っていたおじさんの姿がある。

私は気が負けていて居留守にしようかと思いつつ、嫁の方へ向かって「出てみて…!」というジェスチャー。

嫁は「え~!」という顔をしつつも、玄関の方へ行き、扉をガラガラ~。

私は玄関から見えない隅の方へ引っ込み、様子を伺っていた。

おじさん 「昨夜は大声出して悪かったな」

嫁 「すみません」

おじさん 「ワシも田舎から出てきてなぁ」

嫁 「ええ」

おじさん 「そんな怒っとるわけやないが、朝が早い仕事やから寝られんときついしな」

嫁 「はい」

おじさん 「はいこれ。ほな」

嫁 「あ、ありがとうございます」 ガラガラ~

・ ・ ・

おじさんには女子が対応することで、多少なりとも牙をおさめてくれるかも、という私の狙いは的中したかもしれない。

いや、嘘だ。

私は出ていく勇気がなかったので嫁に行かせた、というのが正しい表現かもしれない。

嫁は、牛乳や菓子パンのはいったコンビニの袋を持って戻ってきた。

嫁 「牛乳とかくれた・・・」

直接、私たちの部屋に訪ねて来はったのはその一回だけだったと思うが、この一件の前後にも、

おじさん 「夜にうるさい!何とかならんのか!」

大家さん 「若い人らやから許したりぃな!」

という2人の大声の言い合いを聞きながら、部屋で肩をすくめていたことも何度か…。

そんなことがありながらも、1年近くそこに住んでいたのだから、楽しい方が勝っていたのだろうと思う。

若さだろうか。

おじさんには、ちゃんと謝ったのだったか。

今さらながらですが、すみませんでした。