簿記3級

勉強ができる、できないというのがある。

子どもでも大学生でも、学校の成績が良い悪いというのは、気にされることが多いと思う。

それぞれの家庭で、教育方針みたいなものがあるだろうけれど、学校の成績は、悪いより良い方が、何かといい気がするものだ。

でも、学校で教えられる教科の成績が良いか良くないかと、賢い、賢くないというのは、ちょっと違うんだろうなぁというのが私の意見。

学校の成績が良いというのは、数学でも国語でも、そのルールを覚えられるか、ということに近い気がする。

得意な教科、苦手な教科、皆それぞれであったと思うのだが、どうして、教科によって得手不得手があるのか。

私も嫁も、学校の成績は結構いい方だったようだ。

学校の勉強で困ったことはあんまりなかった気がする。

それは、もともとの要領の良さもあったのだろうと思う。

また、どちらも、子どものときから水泳の選手コースでそれなりにキツイ練習をやってきたなど、いわゆる体育会系の気質が少しあり、分からないことがあっても、まずは諦めずに何とかついて行こうとする性格も、影響があったのかもしれない。

ただ、誰でも頑張れば分かるようになる、というのは、一概に言えないのではないかとちょっと思うのである。

何年か前に、会計のことを勉強する機会があり、せっかくなので、簿記試験を受けてみようということになった。

まったく知らない分野で、とりあえず簿記3級を受けてみたのだ。

そして、落ちた。

私 「簿記3級落ちたんですよ」

友人 「あ・・・まぁ試験ってね・・・」

と気をつかわれたこともある。

一般的には、ちょっと勉強すれば3級は受かると思われているものなのかもしれない。

ただ、自分の理解度から考えると、真っ当な結果だと納得している。

ある日の晩酌で、簿記の問題を出してくれたのだが・・・

嫁 「クレジットカードで商品を購入しました、さて、借方、貸方の仕分けは?」

私 「そもそも、借方、貸方って意味が分からへんねや」

嫁 「そこ?」

などという会話になる。

結局、嫁の説明で、

嫁 「イメージとしていえば、右手で投げて左手で受ける。右が貸方、左が借方、って感じで覚えたら?」

というのが、いちばん私には理解に近づく説明のように感じた。

私 「とりあえず覚えるわ。でも、貸し借りだけじゃないのに、貸方、借方ってなぁ・・・」

嫁 「う~ん、私あんまり借方、貸方っていうの気にしたことないんやけどなぁ・・・」

理解しようという気があったとしても、理解しようと頑張るときのベクトル、アプローチの仕方がずれていると、無駄な努力をしてしまうことがあるように思う。

子どもの勉強についても、頑張ったらできる!というのはちょっと違ってて、何が分からないのか、どこでつまずいているのかを、見つけ出すことがポイントになる気がする。

私が複式簿記を理解できる日がくるのだろうか。

簿記3級のリターンマッチをするかどうかは分からないが、私が簿記のルールを理解できたとしたら、人に対するいろんなことの説明が、少し上手になるかもしれないな、と思ったりするのである。

透視の練習

超能力とか超常現象とかの話。

私自身、とくに信じているわけじゃないけれども、そういう類のものはロマン?があっていいなとは思う。

本当だったら面白いなぁと思うし、それを研究したり、追求したりしている人も面白いことをやってるなと思う。

信じているかと聞かれると、はっきり答えられないが、アンチではない。

「ホンマかいな?」というのと「そんなことがあるとは不思議やね〜」というの、どっちもある。

私も嫁も、どちらかというと現実的な考え方をする方だと思うし、そういうのにどハマりすることはなさそうだな。

それでも、第六感という言い方をされると、それはあるんかもしれんと感じることがある。

超能力とか超常現象とかと同じようなジャンルになるのか分からないが、いわゆる「虫の知らせ」とか「何となく」という感覚的なところに関わる出来事って、結構あるように思う。

例えば、引っ越しするときなどに、いろんな家を内覧したときに「いい感じ」とか「ここは無いな」とか感じるとかもそうじゃないか。

初対面の人でもそうかもしれない。

第一印象とは全然違った…てなこともあるから、その感覚が合っているかどうかは分からないのだけれど。

以前、第六感を鍛えることができる、というような話を聞いたか読んだかで、嫁と話をしていた。

それを私は覚えていて、あるビルのエレベーターで待っているとき、

私 「俺、最近、エレベーターに何人乗ってるか透視しようとしてるねん」

と言った。

嫁 「・・・」

と、返事がなく、どうも納得してないようだった。

しばらく間をおいて、

私 「…嘘やけど」

と言うと、

嫁 「嘘かい!」

と、スッキリした様子だ。

嫁 「いや〜珍しいなぁと思ってん。そんなことするかなぁって」

いろいろな言動が、私らしいものなのかどうかは、自分で考えるより、嫁に聞く方が合っているのかもしれない。

主夫宣言?

先日の「関白宣言」の記事で、夫婦・男女の、仕事とか家事とか、その分担などについて、嫁と話をしたということを書いた。

私個人的にはどちらがどっちかをやるべきだ、というようなこだわりはないので、主夫であろうと主婦であろうと、どっちだっていい。

嫁もそれについては同じような意見のようで、むしろ何とか大金持ちになりたいと思っているくらいだろうと思う。

そんな話をしているときに、冗談半分に、

私「もし、あんたが、めちゃくちゃ稼いできてくれたら、俺は毎日、裸エプロンで晩飯の準備して迎えてあげるわぁ…」

嫁「やったー!」

すでに、めちゃくちゃ稼いでいることが決まっているかのごとく、喜んだ。

裸エプロンに喜んだわけではないだろうと思うが・・・

嫁「っていうかさ、裸エプロン、そんなに面白くないし、そもそもその設定ってなんか古い・・・」

私「すまん」

確かに・・・そもそも、裸エプロンについては、(昔から)嫁に対する願望でもないし、自分の性癖でもないのに、ちょっとインパクトがあるように言ってみようと、盛った感じがあった。

私の、ちょっと奇をてらったモノ言いは、嫁にはまったく通じないのである。